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ドカベン香川さん、携帯電話持ったまま亡くなっていた…妻に衝撃与えた通話とは

11年、プロ野球OB球宴に出場した香川伸行さん
Photo By スポニチ

 プロ野球の南海・ダイエーで活躍し、「ドカベン」の愛称で親しまれた香川伸行さんの家族が15日放送のTBS「爆報!THE フライデー」(金曜後7・00)に出演。14年に52歳の若さで死去した香川さんは、携帯電話を持ったまま自室で孤独死していたことが明らかになった。

 1989年の現役引退後、野球評論家として活動していた香川さん。離婚経験のある香川さんは2001年、バツイチだった弘美さんと結婚。子宝にも恵まれ、互いの連れ子も合わせて6人家族となった。

 妻・弘美さんは結婚後に香川さんの糖尿病を知り、食事を節制するように促したが、支持者との会食など目が行き届かない場所では管理ができず、気がつけば現役時代110キロだった体重は138キロに。身体にも不調をきたすようになるが「なるようにしかならへん」と病院通いを拒んだ。

 香川さんは楽観的な性格だったが結婚7年後、最悪の事態を招く。07年、糖尿病が影響し腎不全に。身体障害者1級となり、人工透析を一生続ける生活を余儀なくされた。定職に就いて仕事するのが困難となるも、子どもたちはまだ学生。経済的な問題が弘美さんに重くのしかかった。

 長男は学費が支払えず大学を中退。弘美さんの連れ子だった長女は香川さんに馴染めず猛反発。さらに次女と三女が不登校になってしまう。中学教師の弘美さんにとって、あってはならないことだった。“なんでこんなことに…”と嘆くも、香川さんは「学校に行きたくないなら、ええんちゃうか」とサラリ。子どものピンチにも楽観的な夫が許せず、思わず怒りを爆発させてしまう。

 家族がバラバラになる前に、正常な家族に戻りたいと思った弘美さんは、中学教師を辞めてパート勤務に。生活が苦しくなるのを覚悟の上で家族の時間を優先させた。だが14年9月26日、夫婦に最後の日が突然訪れる。この日、弘美さんは介護ヘルパーのパートに出掛け、香川さんは人工透析から帰宅し自室で一人過ごしていた。弘美さんが仕事を終えると携帯電話に着信が。帰宅した娘からで「パパが動かん…。声掛けても返事せん…」と香川さんの異常を知らせる電話だった。

 駆けつけた弘美さんが見たのは部屋で倒れていた夫の姿。このとき急性心筋梗塞を発症していて、救急搬送されるも既に息を引き取っていた。

 孤独な旅立ちとなった香川さん。発見された時には携帯電話を手にしていたが、通話履歴を見て弘美さんも知らなかった事実が判明する。香川さんは死ぬまでの1、2時間の間に知り合いにに電話を掛け続け、仕事を探していたのだ。関係者によると、亡くなる数カ月前から必死に職探しをしていて、その努力は実を結び始めていたという。

 天国に旅立って3年。家族にも変化が起こり、次女は自ら通信制の高校に通いはじめ、三女も高校受験を目指し勉強に励むようになる。長女はパティシエとして働き、長男は社会人として自立。弘美さん自身も仕事を楽しめるようになったという。弘美さんは、香川さんの口癖「なるようにしかならへん。ええんちゃうか」は“周りに惑わされる必要はない”という意味だったのではと捉えるようになり、今は前を向いて頑張れるようになったと、心の中の夫に感謝した。

[ 2017年9月15日 22:28 ]

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