【井上茂徳 我が道14】今では考えられない 86年GPに4万人超の大観衆

[ 2025年9月14日 07:00 ]

86年立川のビッグ9が勢ぞろい(右から2年目が筆者)
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 86年(昭61)を締めくくる大一番を書きましょう。前年の85年からKEIRINグランプリが創設されました。中央競馬に例えると有馬記念と双璧のビッグレースと思っていただければよかけん。その年、活躍したベストナインで戦う一発勝負。第1回優勝賞金が1000万円で、第2回が1500万円に増額されました。

 先日「グランプリがもうちょっと早く始まっていれば、オイ(私)は、あともう2回獲ったばい」と競輪担当記者に話すと「シゲさん、それ言うかー(笑い)」と突っ込まれました。ちなみに最多優勝者は私と山田裕仁君の3回です。

 86年は熊本の全日本選抜競輪を優勝した年で、第2回グランプリは前年と同じ立川競輪場で開催されました。年の瀬12月30日です。当時、競輪を見ることも初めて、車券も買ったこともないという方もたくさんいらっしゃって、若い方や女性の方も多く立川に4万人を超える入場者。今では考えられないでしょ。朝から凄い盛り上がりやけん、選手冥利(みょうり)に尽きるばい。

 86年KEIRINグランプリ出場選手は次の通り(※上から枠番、車番、選手名、登録地、期)
1<1>滝沢 正光(千葉・43期)
2<2>井上 茂徳(佐賀・41期)
3<3>中野 浩一(福岡・35期)
4<4>清嶋 彰一(東京・40期)
4<5>山口 健治(東京・38期)
5<6>菅田 順和(宮城・36期)
5<7>佐々木昭彦(佐賀・43期)
6<8>伊藤 豊明(愛媛・41期)
6<9>本田 晴美(岡山・51期)

 並び(ライン形成)は中野さんに私。この年、ダービーと高松宮杯の特別競輪2つを優勝した滝沢正光には同期でオイの後輩・佐々木昭彦がマーク。それでよかっ。一発勝負やけんね。地元勢は清嶋さんにはヤマケンさん(山口健治)。ハル(本田晴美)には私と同期の伊藤豊明。菅田さんが単騎戦でした。2対2対2対2対1の戦い。車券は、この年の実績が重視されて正光から昭彦に票が集まり枠の1―5が1番人気だったそうです。

 選手入場の際も、凄く盛り上がるように演出してくれて、心地いい緊張感。みんな1着しか狙っていないですから。2着も9着も同じたい。それぐらいの気持ちでした。

 今から39年前、当時28歳。前年のグランプリが2着(※第1回優勝は中野浩一)。その1年前より、練習量の乗り込みは十分で挑んだ大会(※鬼脚は練習の鬼とも言われた)。

 “やれるばいっ”

 号砲と同時に私はS(スタート)を取る戦略で中野さんを迎え入れ、静かに周回を重ねた。どんな展開になったか…。明日、書きますね。

 ◇井上 茂徳(いのうえ・しげのり)1958年(昭33)3月20日生まれ、佐賀市出身の67歳。競輪学校41期生として78年5月デビュー。G1通算9勝。KEIRINグランプリは3度優勝(86、88、94年)。代名詞は鬼脚。99年3月31日引退。通算1626戦653勝。優勝回数154回、獲得賞金15億6643万円。現在、スポニチ本紙評論家として活躍している。

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