【井上茂徳 我が道8】中野さんをかわして特別初優勝 同期で一番最初に大きい大会制す

[ 2025年9月8日 07:00 ]

81年の立川オールスターで特別初優勝。祝福のキスに照れ笑い(左は2番の中野浩一さん)

 デビュー2年目で、初めての大きい大会。79年9月末の岸和田オールスター。特別競輪ですから「やるぞー、車券に絡むぞー」と気合も入ってました。競輪はファンがあってこそ、喜んでいただいてこその競技ですから。

 その1走目、競り(※強い先行選手の後ろを取りにいくこと)の仕方もまだ分かってないのに、果敢に攻めていきましたが落車、失格。今のビッグレースだと失格すれば即お帰り(帰郷)になりますが、当時は2走目も走れるルールでした。今、思えばいい時代に走っていました。

 2走目以降は5着、1着、1着。その時に後日、聞いたのですが関西の競輪担当記者さんから「九州から、エライ新人が出てきたな」と言ってもらっていたようで、うれしかったですね。ちゃんと私の走りを見てくれている記者さんがいたんだと今でも覚えています。

 そしてデビュー4年目、1981年(昭56)10月、第24回立川オールスター。私が23歳の時です。タイトルに最も近い男と言われてチャンスが来ました。決勝戦の顔触れは次の通りです。

 <1>中野 浩一(福岡)
 <2>井上 茂徳(佐賀)
 <3>山口 健治(東京)
 <4>山口 国男(東京)
 <5>菅田 順和(宮城)
 <6>北村  徹(熊本)
 <7>高橋 健二(愛知)
 <8>竹内 久人(岐阜)
 <9>木村 一利(広島)

 我々、九州勢の並びは43期の北村徹が先頭で中野さんが2番手、私が3番手。中野さんの後ろは当時、憧れでしたから、しっかりマークして援護していこうと、かなり集中していた記憶があります。

 相手に36期で超音速旅客機のようなダッシュ力がある菅田さんがどこから飛んでくるかの戦いでした。レースは機関車役になってくれた北村徹がハナを切って、中野さんが2番手と絶好の展開。私は後ろにピッタリと続き、菅田さんが捲ってきたので外にけん制して直線を迎えました。

 人気を集めていた中野さんが優勝する展開でしたが、私も懸命に追い込みゴール勝負に持ち込みました。多く詰めかけていただいた立川競輪場のファンも中野さんが1着と思ったことでしょう。でも、私がわずかにかわして特別競輪初優勝!!同期で一番最初に大きい大会を制したので、うれしかったです。表彰式で外国人女性の方から花束を受け取り、ほっぺに祝福のキス!?をしていただいて、照れくさいやら、うれしいやらで(笑い)。

 追い込み、マーク選手に転向して正解だったと実感したレースでした。うれしかったオールスターでしたが、その11年後にも忘れられないオールスターがありました。それは明日書きますね。

 ◇井上 茂徳(いのうえ・しげのり)1958年(昭33)3月20日生まれ、佐賀市出身の67歳。競輪学校41期生として78年5月デビュー。G1通算9勝。KEIRINグランプリは3度優勝(86、88、94年)。代名詞は鬼脚。99年3月31日引退。通算1626戦653勝。優勝回数154回、獲得賞金15億6643万円。現在、スポニチ本紙評論家として活躍している。

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