“43歳侍ドライバー”佐藤琢磨の衰えない向上心「43という年齢は数字にすぎない」

[ 2020年8月25日 05:30 ]

インディカー・シリーズ第7戦インディアナポリス500マイル ( 2020年8月23日    米インディアナ州インディアナポリス・モータースピードウエー )

インディ500で優勝し、笑顔で日の丸を掲げる佐藤(AP)
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 「体力、気力が続くまで走り続けたい。夢は40歳になってもかなう。挑戦を続ければ、確実にかなう。さらにまい進していきたい」

 17年12月、スポーツを通じて日本を元気づける顕著な働きをした個人や団体を表彰するスポニチの「FOR ALL 2017」を受賞し、都内ホテルで開かれた表彰式に出席した佐藤。ヘルメットの中では鬼の形相で攻めの走りをしているであろう男は、終始柔和な笑みを浮かべ、今後への抱負を語っていた。あれから3年弱。再びインディ500を制し、その時の言葉を有言実行してみせた。

 口を開けば理路整然とした言葉がよどみなく飛び出すのは、1000分の1秒を争い、一瞬の判断が自らの命を左右する世界に20年以上も身を投じているがゆえんだろう。それでいて鼻にかけるところがなく、ウイットにも富む。優勝で所属のホンダから贈られた2000万円は下らないスーパーカー、NSXのハンドルを自ら握って会場に駆けつけてくれたが、「レーシングカーは基本、バックは行かない。米国での車庫入れは前ばかり。ちょっと下手になりますよね」。世界最速の称号を手に入れた佐藤が発した“車庫入れ苦手説”に、思わずこちらも腹を抱えて笑った。

 10歳の時に鈴鹿でF1を見てドライバーを志したが、競技環境がなく、代わりに始めた自転車競技では高校王者になった。F1時代の08年には、当時所属していたスーパーアグリが資金難でシーズン中に撤退。そうした苦難を味わいながらも、環境を言い訳にせず、努力で道を切り開いてきたからこそ、40代にして2度のインディ500制覇の快挙を成し遂げた。「もう少しレースがしたい。僕にとって43という年齢は数字にすぎない」。この言葉に、夢を追い続ける男の全てが詰まっている。
 (阿部 令)

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