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【浜田剛史 我が道26】面白い、気持ち上がったが…実現しなかった統一戦VSカマチョ

[ 2026年1月27日 07:00 ]

初防衛戦の4回、シールズに猛ダッシュをかける

 小学生のときから、理解できなかったんですよね。世界王者が2人いる、というのは。

 2つ上の兄・雄二の説明を聞いて、WBAとWBCがあるのは分かったんですが、それでも、何でだと。ヘビー級だけは統一王者1人だった。これが本物だと思ってましたね。

 こんなことがあったんですね。1974年(昭49)にWBA世界ライト級王者ロベルト・デュラン(パナマ)が、高山将孝さん(ピストン堀口)の挑戦を受けたんです。日曜日の昼、沖縄でも生放送がありました。

 中2だったオレは、バスケットボール部の試合で、中部商に行くことになってました。試合前、普天間中近くの食堂のテレビでボクシングを見ようと、飯を食いに行きました。見てると試合に間に合わない。怒られる覚悟をした行動でした。

 でも、試合は初回KO。バスケの試合に間に合いました。ホッとしたより「こんな強いのがいるのか」と思った。こりゃあ、当時のWBC王者・ガッツ石松さん(ヨネクラ)も勝てないだろうと思いましたね。

 後で調べたら、ガッツさんは世界王者になる前の73年に、デュランに10回KOで負けている。世界王者は1人でいい。86年7月にアルレドンド(メキシコ)に勝ってWBC世界ジュニアウエルター(現スーパーライト)級王者になるとすぐ、オレは「WBA王者とやらなきゃいかん」と思いました。

 WBA王者はパトリツィオ・オリバ(イタリア)。80年モスクワ五輪ライトウエルター級金メダリストで、プロ45戦全勝17KO。アルレドンドへの挑戦前に、挑戦を断られている。でも、このときも、対戦は実現しなかったですね。

 そのころ、WBC世界ライト級王者ヘクター・カマチョ(プエルトリコ)とオレが対戦すると、米国で報道されました。カマチョが1階級上げて挑戦してくると。派手で陽気なスピードスターで、人気もありました。

 オレはすぐOKしましたね。米国にも行くと。29戦全勝15KO。「ハマダをKOする」と豪語したとの報道もあり、面白いじゃないかと、気持ちが上がりました。「あのカマチョとやるの?」と何度も聞かれましたけど、「いや、カマチョがオレに挑戦するんだよ」と。決まると思ったんですが、こちらも実現しなかったですね。

 で、ロニー・シールズ(米国)との初防衛戦。86年12月2日、両国国技館。モチベーションは低かった。燃え方が違ったですね。統一戦、カマチョ戦が流れ、世界王者じゃないのが相手ですから。

 シールズは、うまかったし、パンチもあった。でも、アルレドンド戦のKOを見たからでしょうな。オレが出るとサッと下がる。オイ、もっと打ってこいよと思いました。どうにも気持ちが上がらない判定勝ちでしたね。

 ◇浜田 剛史(はまだ・つよし)1960年(昭35)11月29日生まれ、沖縄県出身の65歳。沖縄水産高で高校総体王者。帝拳ジムからプロデビューし、84年12月に日本、85年7月に東洋太平洋のライト級王座を獲得。86年7月にレネ・アルレドンド(メキシコ)を衝撃的な初回KOで破り、WBC世界スーパーライト級王座を獲得した。戦績は24戦21勝19KO2敗1無効試合。現在は帝拳ジム代表。

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