【浜田剛史 我が道10】左拳骨折…練習再開も再び 折れる原因は1度目に折ったまま固定して…
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あのころは、誰にも負けない、世界王者相手でも5回までなら勝てる、という感覚がありました。まだ、20歳そこそこでしたから。勢いでしょうね。
1981年(昭56)2月10日、福井武志(北陸石丸)戦の初回に相手の頭を打って、左拳を痛めました。凄い痛みでした。その影響で8回(KO1分44秒)までかかりましたが、すぐ日本、東洋太平洋、そして世界挑戦と考えてました。
このとき痛めたのは左中指の拳部分。折れてはいなかったけど、マネジャー(長野ハルさん)には「長い目で見て、完全に治した方が早道」と言われました。でも「ああ、大丈夫ですよ。折るまでは大丈夫です」と。勢いからくる、根拠のない自信でした。
そのまま、5月10日にマハチャイ(タイ)に2回KO勝ちし、7月18日にデオ・ラバゴ(フィリピン)と対戦しました。10月に日本ライト級王者・バトルホーク風間(石丸)に挑戦することが決まっていたので、タイトル前哨戦でした。
ラバゴ戦の4回でした。その瞬間、「これは骨に何かある」という痛みでした。9回TKO勝ちの試合後、バンデージを取ると3センチぐらい腫れていた。病院で検査すると、左人さし指中手骨がポッキリと折れてましたね。
中指が痛いまま試合を重ね、今度は人さし指が折れてしまった。それでも、職業病だから、としか思いませんでした。ジムの先輩王者で、折ったまま治さないで試合をして、そのうち折った骨の間に骨ができた話を聞いたことがあって。ギプスが取れたら、普通に練習を再開しましたね。
日本王座挑戦はキャンセルしましたが、12月に韓国ライト級王者・洪慶洙と対戦することが決まりました。その半月前ぐらいですかね。スパーリング中にまた折ってしまったんですね。左はボディーだけ打ってたんですけど、試合が近いから、ちょっと顔面を打ってみようと思った。そしたら、一発でした。
すぐに、折ったと分かりました。3週間に1回のペースで検査もしていて、医者も「これだけついていれば大丈夫」と保証つきだった。時間もたっていたし、「これでも治らないのか」と、深刻といえば深刻でしたね。
ただ、折れる原因もあったんですね。2度目は別の病院に行ってエックス線を撮った。すると「これは骨を真っすぐにしなければいけない」と言われました。1度目は、折ったまま固定したので、骨が、手の甲の側に山なりになってついてしまっていたんですね。
人さし指の骨が出っぱっているから、他の指に比べて短いし、曲がっていれば折れやすい。今度は、手術をすることになりました。
◇浜田 剛史(はまだ・つよし)1960年(昭35)11月29日生まれ、沖縄県出身の65歳。沖縄水産高で高校総体王者。帝拳ジムからプロデビューし、84年12月に日本、85年7月に東洋太平洋のライト級王座を獲得。86年7月にレネ・アルレドンド(メキシコ)を衝撃的な初回KOで破り、WBC世界スーパーライト級王座を獲得した。戦績は24戦21勝19KO2敗1無効試合。現在は帝拳ジム代表。



















