阪神ドラ3 岡城快生(下) 「プロの道」意識し始めた侍ジャパン大学日本代表候補合宿での3日間

[ 2025年12月26日 05:15 ]

大学3年時に侍ジャパン大学日本代表候補合宿に初参加した岡城
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 【アニバーサリーの鼓動】データとは無縁だった高校時代とは環境が一変した。筑波大の野球部には専属のデータ班が在籍。日々、コミュニケーションを重ねながら、自分のスイングや体の状態を数値で確認できるようになった。「自分でプレーについて考えるようになったのが、高校との大きな違いかな」。ここから快生の才能は、着実に開花していった。

 意欲も徐々に高まっていった。「自分のバッティングについて興味を持って、考えながらできたのが自分の成長につながった」。思う通りのスイング軌道か、出力がどれくらい出ているのか…毎日さまざまなデータを見比べながら、試行錯誤を続けた。

 大学進学を機に親元を初めて離れ、1年時には1人暮らしを経験。当時は炊飯器で米を炊き、簡単な炒め物を作るのが精いっぱいだった。1年時の終盤からチーム方針で全員が入寮することになり、朝夕2食は寮で食べられるようになった。毎食どんぶりご飯2杯をノルマとし、入学時から約20キロ増量し体重83キロにまで成長。元々「一回であんまり食べられないタイプ」だったが、プロテインやおにぎり、体重が増えやすい団子や餅を間食に取り入れ、今の体をつくり上げていった。

 「自分の中で大きい出来事だった」。快生にとって一番の転機は、3年時に初参加した侍ジャパン大学日本代表候補合宿だった。全国各地から集まった精鋭の中でトップの50メートル走5秒82をマーク。「こんなに速いとは思っていなかった。びっくりしました」と本人も目を丸くしたが、一気に快生の名は全国に広まった。

 「これが自分の強みにできるかな、というのは感じた。そこからプロという道もありだな、と考え始めましたね」。わずか3日間だったが、プロの道を現実的に意識し始めるきっかけとなった。

 大学でも、変わらず文武両道を貫いた。部活の合間に課題のレポートを仕上げ、興味のあった解剖学や栄養学を研究。運動や体に関わる知識を蓄えていった。「知識が増えるので、そこはためになるところもある。食事の面とかは、つながった部分もある」。日々の学びが、野球の成長も後押しした。

 ひたむきな努力は実を結び、4年時の首都大学野球リーグでは、春秋ともに打率3割5分以上。外野守備では遠投115メートルの鉄砲肩を持ち味とし、走攻守全てで進化を遂げた。

 プロの世界へ足を踏み入れる快生が、目標に掲げるのは盗塁王。「脚力が一番負けたくない部分」。自慢の快足をさらに磨き、新たな挑戦に向かう。 (山手 あかり)

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