ソフトバンク戦力外 風間球打が現役引退 独白「未練はない。やりきった」21年ドラ1、会社員で再出発

[ 2025年12月10日 06:00 ]

風間球打
Photo By スポニチ

 ソフトバンクから戦力外通告を受けていた風間球打投手(22)が現役引退を決断したことが9日、分かった。2021年にドラフト1位指名され、背番号1を背負うなど注目を浴びた。しかし、入団3カ月で起きたアクシデントから、自分の投球を失った。4年間1軍登板はなかったが、本紙の取材に「未練はない。やりきった」と胸を張る。現役続行の道もあったが、自らの意思でユニホームを脱ぎ再出発を決めた。

 風間が16年間の野球人生に終止符を打った。

 「未練はないです。一番良かった高校3年の状態に戻らなかったです。自信を持って入ったけど、ゼロになっていきました。やりきりました」

 ノースアジア大明桜では高3夏に甲子園へ出場し、最速152キロを出して“球打”の名を全国にとどろかせた。21年ドラフト1位指名され、プロ野球人生は華々しく始まった。与えられた背番号は「1」。「1を付けているからにはやったるわ」とやる気がみなぎり、普通のことは言いたくないと、通算300勝を目標に掲げた。

 入団わずか3カ月で、壁にぶつかった。4月3日に打撃投手を務め、打者3人に30球を投げて無安打の好投だったが、登板後右肘に痛みが出た。ただ、実戦登板が控えており、チームに本当のことを言いたくなかった。

 練習を続けていた5月上旬、痛みの元の伸筋腱は肉離れと診断された。手術よりも復帰が早い、自己治癒力を引き出すPRP療法を選択。焦りを感じながらも「結果を出せばええやん」と前向きだった。しかし10月の投球再開からも肘をかばい、本来の強い球は戻らなかった。2年目の春キャンプでは練習過多で、腰の分離症を発症。心にも変化があり「猫をかぶって短気なところを抑えていたら、そういう人になってしまった」。大人になろうと意識するあまり、変に落ち着きが身についてしまった。

 3年目の24年オフに戦力外通告を受け、育成選手として再契約。ただ、思い通りの投球はできないまま4年目を終え、今オフに2度目の戦力外通告を受けた。11月12日のトライアウト受験から1週間後、結果的に入社を決めた会社の社長に出会う。「自立や成長につながりそうで、話を聞いてすぐにやってみたいと思いました」。家族は現役続行を望み、その選択肢もあったが「ごめん」と伝えた。風間の意思は固かった。

 これからは福岡県の総合不動産会社で営業や通信業など、幅広い業務をこなしていく。「4年間下積みで、上(1軍)の良い景色を見ていないからこそ、粘り強くなりました。根性もつきました。いろんな人に出会えることが楽しみです!」と笑みを浮かべた。ケガを隠しながらも投げ続けた過去を「今思い返せば、言い方が悪いけどうまくサボったら良かった。でもあの時は投げたい気持ちが強すぎて無理でした」と後悔はないと振り返る。

 唯一悔いが残るとするなら「高校3年の時の良い状態で(プロで)投げたかったです」。ドラフト1位のプレッシャーや背番号1の重荷を感じながらも、必死に駆け抜けてきた。4年間で立派な大人になった風間は、新たな一歩を踏み出す。(昼間 里紗)

 ◇風間 球打(かざま・きゅうた)2003年(平15)10月11日生まれ、山梨県出身の22歳。小1から野球を始め、塩山中では笛吹ボーイズでプレー。ノースアジア大明桜(秋田)では1年春からベンチ入り。3年夏には甲子園に初出場し、2回戦で明徳義塾(高知)に敗れるも152キロを計測。愛称は「Qちゃん」。名前に全員「球」が入る4兄弟の三男。1メートル84、96キロ。右投げ左打ち。

この記事のフォト

「ソフトバンク」特集記事

「大谷翔平」特集記事

野球の2025年12月10日のニュース