青木宣親氏「同じ形じゃなくてもいい」WBC後に村上宗隆へ金言「大谷選手はあれが良くて…ムネはムネ」

[ 2025年11月25日 10:32 ]

ヤクルト・村上宗隆
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 ポスティングシステムを利用して大リーグ移籍を目指すヤクルト・村上宗隆内野手(25)が24日に放送されたNHK BS「スポーツ×ヒューマン だから、挑む~野球・村上宗隆~」(後11・15)に出演。WBC後に成績を落とした理由を語った。

 村上は22年に22歳と史上最年少で3冠王を獲得。「日本球界の顔」として翌23年春のWBCに出場した。そこで大谷翔平(当時エンゼルス)と出会い、最初のフリー打撃で圧倒的なパワーを見せつけられ「目の前で見て想像よりはるか上だった。今までなかなか、周りの選手に失礼ですけど、プロで一緒に練習して自分より飛ばすなとか、自分より良い打球打つなとか、あんまり思ったことなかった。本音で話しますけど、正直初めて勝てないなと思ったのはありましたね」と率直な感想を口にした。

 大会中は積極的に大谷と話し、バッティングからトレーニングまであらゆることを聞き自身の成長につなげようとした。ところが、そこから成績は下降。22年は打率・318、56本塁打、128三振だったが、23年は打率・256、31本塁打、168三振、24年は打率・244、33本塁打、180三振と数字を落とした。

 この理由について村上は「引っ張りの打球が増えたし、どうしても速い打球が打ちたいなとか、ボールを遠くに飛ばしたいなとか思っていました」「スイングを崩しボールを捉えきれないことが多くなった」と冷静に自己分析した。

 大谷という衝撃的な存在に出会い、自分を見失いかけていた村上に金言を授けたのが、当時ヤクルトでチームメートだった青木宣親氏(現ヤクルトGM特別補佐)だった。青木氏は「WBC後、やっぱり大谷選手の打ち方を真似しているのか練習方法だとか残ってたんですかね」と大谷を意識し過ぎている村上がいたと回想。「そんな中で実際、結果が出なくて、その時に自分も“大谷選手は大谷選手であれが良くて、あのスタイルが良くて、でも村上は村上で、ムネはムネでスタイルはあるはずだから。同じ形じゃなくてもいいから”ってことは伝えました」と真似じゃなくて自分の形を見つけることが大事と村上本人にアドバイスしたという。

 村上も青木氏の助言を受け「自分のスタイルでやることが正解なんだなって自分の経験で感じることができたので、やっぱり自分に合う合わないは間違いなくあるので、どうしても頭でっかちにこの人がこう言ったからこうするよりかは、そういうこと言ってたなトライしてみよう。ああ良い感覚だな、って自分のものにした方が続きますし、いろいろ考える力も付くのかなって思いますね」と考え方が柔軟になったと感謝していた。

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