松井秀喜氏[すごい偶然」 運命と感じた「11.21」から「33年」 中堅手の位置で伝えた師への思い

[ 2025年11月21日 13:05 ]

お別れの言葉を述べる松井秀喜さん
Photo By 代表撮影

 6月3日に89歳で死去した巨人長嶋茂雄終身名誉監督のお別れの会「ミスタージャイアンツ 長嶋茂雄 お別れの会」が21日、東京ドームで開催された。巨人、ヤンキースなどで活躍した愛弟子の松井秀喜氏(50)が、お別れの言葉を述べた。会の後には言葉に込めた思いを語った。

 9分間に及んだお別れの言葉では、長嶋茂雄さんが松井秀喜氏の交渉権を引き当てた92年11月21日のドラフト会議から丸33年だったこと。「33」は長嶋さんが当時付けていた番号であること。さらに祭壇が松井秀喜氏の定位置だったセンターであったことなども話が出た。その運命について「少し前に11月21日が私のドラフトの日だったと気付きまして、ちょうど33年前だということにも気付きまして、凄い偶然だなと思いまして、これは触れなくちゃいけないなと思いまして触れさせていただきました。監督が合わせてくれたんじゃないんですか。(センターも)これも数日前にですね、監督の祭壇がどっちにあるんですかって聞いたんです。センター側なのかホームベース側なのか、それでセンター側って聞いたんで、これも触れなくちゃいけないなと思いまして考えてきました」と語った。

 この日のお別れの言葉では、6月の葬儀で話せなかった感謝の思いを述べた。その点については「半年近く、監督がお亡くなりになられてから時間が経過しましたので、その時間の中での自分の心の動きといいますか、この時間で監督との日々を振り返って、自分は何を教わり、何を監督から学び、自分なりにプレーしてきたのかなと考えたり、凄い大きな、自分が野球選手松井秀喜としての中に凄い大きなものを残してくれた。それはただ成長するってだけじゃなく、普段の野球以外の時間もね、どう野球につなげていくか、そして数年後の自分を意識して日々過ごすかということを、毎日、素振りの中でまた2人の時間の中で、自然とそれを教わってきた気がします」としみじみ語った。

 お別れの言葉では、さらに「私の心の中に入り込み、私との対話に付き合ってくださればうれしいです。私は自分の心の中の長嶋茂雄と話し合いながら、私なりの道を進んでまいります」と述べた。この半年間はどのような会話をしてきたかを問われ「自分なりにはやっぱり、監督だったらこういう時なんて言うかな、どういうふうに考えるかなって、自分の自然の思考回路になってきてて、これからもね、自分のね、心の中に長嶋茂雄がいて、ことあるごとにね、会話し、聞いて、答えを導いてほしいなと思います」とした。

 長嶋茂雄さんの存在について改めて質問されると「自分が今まで小さい時から野球やってきてね、引退して10年以上経ちますけど、その自分の野球人生の中で、一番大きな存在で、そして自分にたくさんの授けてくれたと言いますか、大事なことを伝えてくださった方です。もう、かけがえのない存在であるし、監督のその人間性ってのもあるんですよね。男同士で愛するっていうのもおかしいんですけど、やっぱり、自分の最も愛する人なんじゃないかなと思います」と話した。

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