松井稼頭央氏 32年前のドラフト直前、唯一投手として評価していた球団名明かす「あとは野手で」

[ 2025年10月29日 15:26 ]

松井稼頭央氏
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 前西武監督の松井稼頭央氏(50)が28日放送のBSフジ「プロ野球 レジェン堂」(火曜後10・00)にゲスト出演。西武に3位指名された1993年ドラフトで、自身を事前に「投手」と評価していた唯一の球団名を明かした。

 PL学園(大阪)時代に1年春の大会から投手としてベンチ入りし、3年時にはエースだった松井氏。1993年夏の大阪府大会は決勝戦で敗れて甲子園出場を逃したが、同年ドラフト3位で指名された西武では最初から野手でスタートし、日米通算2705安打、465盗塁をマークした。

 今から32年前のドラフト直前について、番組MCを務めるフリーアナウンサーの徳光和夫(84)から「松井さんは甲子園にあまり出ていないにも関わらず、かなり多くの球団から(スカウトが)来たっていう…。巨人も行ったって言ってましたよね、確か」と水を向けられると「はい。来ていただきましたね。巨人も中日さんも。広島、当時ダイエー(現ソフトバンク)」とまずは認めた松井氏。

 「中日だけがピッチャーって言われたんです。あとは野手でいくって言われました」と続けた。

 徳光が「それだけ(野手としての)潜在能力がプロのスカウトから見るとあったんですね」と口にすると、「どこを見てたのかなって思ったんですよね。分かんないじゃないですか。野手の練習もしてないので」と当時の驚きを語った松井氏。

 西武が自身に興味を持っていることも知らなかったそうで「西武がいきなり僕の名前を呼んだんですよ。ライオンズ3位指名、PL学園、松井…。えぇっ!!!みたいな」と指名時の率直な胸中も明かした。

 また、PL学園時代の恩師である中村順司監督(当時)からも「ピッチャーじゃなく野手のほうがいい」と言われたそうで「あとから聞いたんですけど、もっといいピッチャーがいれば(PLでも)僕を野手にしたかったらしいです、中村監督は」と話していた。

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