【話題を呼んだドラフト会議 2】V9の巨人1位指名を蹴った男、指名拒否最多男、空白の一日で…

[ 2025年10月23日 14:15 ]

1979年、13勝を挙げ新人王に輝いた藤沢公也
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 「プロ野球ドラフト会議supported by リポビタンD」が23日、都内のホテルで行われる。涙あり、ガッツポーズあり、珍事あり…これまでさまざまな“ドラマ”が生まれた「運命の一日」。過去に話題となったドラフトを振り返る。

 【1973年 巨人の1位指名を蹴った男】 この年に前人未到の9連覇を達成した巨人は愛知学院大・小林秀一投手を1位で指名。出身高校が熊本の八代一で川上哲治監督とは同郷という縁もあっての指名となった。ただ、小林は野球指導者になるのが将来の夢と固く決めており、交渉は難航。結局入団を拒否し社会人の熊谷組に進んだ。その後、母校の愛知学院大の監督を15年間務め、12度の優勝を果たした。

 【1974年 話題をさらった「高校四天王」】 銚子商・土屋正勝、鹿児島実・定岡正二、横浜・永川英植、土浦日大・工藤一彦と甲子園を沸かせた4投手に注目が集まった。土屋は中日、定岡は巨人、永川はヤクルトと3人が1位、工藤も阪神2位で指名を受けた。一方で阪急は高卒投手を回避し即戦力として松下電器・山口高志投手を1位指名し獲得。同投手は翌75年チーム初の日本一に大きく貢献した。

 【1977年 5度目の正直・藤沢】 日鉱佐賀関・藤沢公也投手は中日から1位指名を受け26歳で入団。同投手はそれまで69年ロッテ3位、71年ヤクルト11位、73年近鉄4位、76年日本ハム2位と4度指名を受け全て入団を拒否。5度目でプロ入りとなった。ドラフト5度指名、4度拒否は今も破られていない最多回数。1年遅れの78年に入団し、79年に13勝を挙げ新人王を獲得したが通算6年で退団した。

 【1978年 “空白の一日”で巨人がボイコット】 巨人が会議の前日に浪人中だった江川卓投手と契約したと発表し球界が大混乱、巨人は会議をボイコットした。巨人不在の中、南海、阪神、ロッテ、近鉄の4球団が江川を1位指名。阪神が交渉権を獲得したが混乱は年明け以降も続いた。巨人はドラフト外で明大・鹿取義隆投手らを獲得。鹿取はファンから“鹿取大明神”と呼ばれるなど主に救援で活躍した。

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