阪神・熊谷敬宥 仙台育英の同期生・上林誠知の前で待望のプロ1号「常に結果を求めてやっていくだけ」

[ 2025年9月3日 05:15 ]

セ・リーグ   阪神5-3中日 ( 2025年9月2日    バンテリンD )

<中・神(18)> 3回、2ランを放つ熊谷 (撮影・亀井 直樹) 
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 誰も予期せぬ“飛び道具”で、貴重な追加点を叩き出した。阪神入団8年目の熊谷が、通算232打席目でプロ初本塁打。佐藤輝の35号2ランで先制した直後の3回1死一塁、先発・マラーの内角カットボールを撃ち抜いた。

 「二塁を回って(入ったと)気づいた。慣れてないので、何も考えずに、ダイヤモンドを回っていました」

 甘いマスクの伏兵は、人一倍熱い炎を胸に秘める。今季は三塁、遊撃、左翼、中堅のポジションで先発出場。代走や守備固めを託された昨季までとは一転、酷暑の中で続く先発出場にも「疲労はない。疲労“感”くらい」。少々のことでは弱音は吐かない。この信念には、確かな裏付けがある。

 昨年の交流戦。ある試合でゴロをさばく際に打球を右手中指にぶつけ、骨折した。患部保護と早期回復のため、直後は指を固定したが、送球にブレが生まれるため、ほどなくして装具を取り外した。右投げの熊谷にとって、スローの際に力が入る重要な箇所でも「最悪、中指を使わなくても投げられる」。幼少期から何千回、何万回と繰り返したスローイング。体に染みついた感覚を信じ、完治と臨戦を並行させた。居場所は絶対に譲らない。常に抱く決意が、この夜の放物線につながった。

 「僕にとっては一日一日が大事なので、常に結果を求めてやっていくだけだと思う」

 仙台育英(宮城)の同期生、中日・上林に感謝を示すアーチでもあった。高3の13年秋、熊谷の頭に高卒プロ入りはなく、プロ志望届けも提出しなかった。一方の上林はソフトバンクから4位指名。盟友の門出に際し、誓った。「オレもプロに行く」。上林からも「上を目指せ」と激励を受け、立大進学の相談もした。あれから12年。野球人生を変えてくれた“相棒”へ、存在証明の一発となった。

 「明日試合に出たら、またヒットを打てるようにしていきたい」
 思い描くのは新たな快音だけ。ユーティリティープレーヤーから頼れる主力へと姿を変えた。藤川阪神には欠かせない存在となった男は視線を次戦へと向け、バスへと乗り込んだ。(八木 勇磨)

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