阪神・豊田 プロ初サヨナラ「我慢して使ってもらった。その気持ちに応えたかった」鉄壁ライデル撃ち

[ 2025年7月4日 05:15 ]

セ・リーグ   阪神3―2巨人 ( 2025年7月3日    甲子園 )

<神・巨>9回、サヨナラ犠飛を放った豊田(右)は佐藤輝と喜び合う(撮影・後藤 正志)
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 阪神・豊田寛外野手(28)が3日、巨人戦(甲子園)の9回無死満塁から中犠飛を放ち、プロ初のサヨナラ打でチームを今季3度目の劇勝と巨人戦同一カード3連勝へと導いた。開幕から31試合連続無失点で、リーグ新記録に王手をかけていた相手守護神・マルティネスの記録更新を阻止。チームは今季2度目の5連勝で貯金12とし、2位・広島との差を今季最大の5ゲームに広げて独走態勢に入った。

 端正なマスクがクシャクシャに崩れた。カクテル光線が揺れるグラウンドを逃げ回り、ウオーターシャワーを浴び、次々にナインと抱き合った。「(サヨナラの瞬間は)覚えていないです」。水もしたたるいい男は、マルティネスがフルカウントから投じた高めの直球に対応。鋭い弾道を中堅へ飛ばし、その後は歓喜に身を委ねた。

 「四球を狙おうなんて考えたら負け。小谷野コーチからも思い切っていってこいと言われたので、何とかしてやろうと準備した」

 ジェットコースターのように浮き沈みが激しい、まさに「豊田劇場」の夜だった。まずは“沈み”が先に来た。2点を追う2回。1死から中前打で出た大山に続いて第1打席に臨むも、三ゴロ併殺打。1点を返してなお1死一、二塁で挑んだ4回の第2打席も、二ゴロ併殺打に倒れた。流れを失いかけた5回。逆襲の本塁送球で今度は“浮いた”。1死一、二塁で坂本が放った左前打を捕球すると、本塁へストライクのワンバウンド送球。二塁走者・泉口を見事に刺してみせた。

 「正直“代えられるかな”と思ったが、監督に我慢して使ってもらった。その気持ちに何とか応えたかった」

 藤川監督が豊田を起用し続けた理由が、ここにあった。「ホームで刺したところから、豊田に最後、そういう展開が来るんじゃないかと思った。自分がホームで刺して、(試合に)出るんだということを示し続けて、それに野球の神様が最後(無死満塁で)打席を与えたんじゃないですかね」。点差拡大を阻止した好返球で残りの2打席を勝ち取り、劇的な一撃へとつなげた。

 3試合全てが1点差勝利。死闘が続く酷暑の日々は、しっかりとした食事を心がける。食欲低下を見据え「本格的な夏に入る前から意識的に量を食べる」。熱中症予防も兼ね、ロッカー内のミネラルや塩分のタブレットも積極摂取。栄冠の行方を左右する7、8月。夏バテ知らずの豊田こそ、虎のキーマンだ。

 日立製作所から21年ドラフト6位で入団しながら、プロ初安打は3年目の昨年6月。昨オフの秋季練習では虎将に小川と名前を間違えられながら、直後の安芸キャンプでMVPを獲得し、台頭の道筋を切り開いた。28歳の猛虎人生こそ、ジェットコースター。もう沈まない。泥臭く、懸命に、背番号61が居場所をつかみつつある。(八木 勇磨)

 ◇豊田 寛(とよだ・ひろし)プロフィル
 ☆生まれ&サイズ 1997年(平9)4月28日生まれ。神奈川県横浜市出身の28歳。1メートル78、86キロ。右投げ右打ち。

 ☆兄を追って 5歳上の兄・翔さんの影響で川上北小1年から戸塚アイアンボンドスで野球を始める。当時は捕手。米大でも活躍した城島健司さんモデルのミットを使った。

 ☆アマのエリート 名瀬中で戸塚シニアに所属。東海大相模では2年夏と3年夏に甲子園出場。3年時は18歳以下W杯で準優勝。高校通算38本塁打。国際武道大では千葉大学リーグ通算8本塁打。1年上に伊藤将がいる。日立製作所では入社から2年連続都市対抗出場。

 ☆甲子園優勝 3年夏の甲子園で小笠原(中日)、吉田(ロッテ)らと優勝。4番に座り、仙台育英(宮城)との決勝戦で5打数4安打3打点。大会打率.381。

 ☆声出し番長 普段は寡黙でも試合では性格が一変。ベンチの声出し番長として気の利いた言葉で盛り上げる。


 ≪突破口開いた≫阪神・森下が勝利への突破口を開いた。9回先頭でマルティネスから中前打。155キロの速球に力負けせず、「出塁することだけを考えて、甘いところに来たらの気持ちでいきました。引っ張りに行きすぎないように、センター返しを意識しました」とうなずいた。ここから無死満塁を築き、最後は東海大相模の3学年先輩の豊田がサヨナラ犠飛。「決めてくれると思っていましたし、いい犠牲フライでした」と満面の笑みを浮かべた。

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