平野美宇 初のシングルス五輪代表確実「“頑張りが足りなかった”と後から言っても意味がない」

[ 2024年1月27日 04:45 ]

卓球 全日本選手権第5日 ( 2024年1月26日    東京体育館 )

<卓球全日本選手権第5日>女子シングルス5回戦、勝利しガッツポーズの平野美宇(撮影・小海途 良幹)
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 女子シングルス4~6回戦が行われ、東京五輪団体銀メダリストの平野美宇(23=木下グループ)が準々決勝に進み、パリ五輪で初のシングルス代表入りを確実とした。最終選考の対象となる今大会で女子2枠目を争っていた選考ランク3位の伊藤美誠(23=スターツ)が6回戦で敗退し、同2位の平野がポイントで上回られる可能性がなくなった。女子のもう1枠は同1位の早田ひな(23=日本生命)の代表入りが確定している。

 8強入りを決めた19分後、平野にとって最も大きな歓喜が訪れた。パリ五輪のシングルス代表2枠目を懸けた選考レースで一騎打ちとなっていた伊藤が6回戦敗退。ポイントで上回られないことが確定し幼少期から競ってきた同学年のライバルとの代表争いは決着の時を迎えた。

 「諦めずにやっていれば(夢は)かなうんだなと思ったし、自分を褒めてあげたい」

 初戦となった4回戦で面手にフルセットで競り勝つと5回戦は森を4―2で下した。6回戦では、昨年11月の全農カップ大阪大会で敗れた大藤にストレート勝ち。自身初となる五輪シングルス代表の座をつかみ取った。

 伊藤とともに天才卓球少女として幼少期から注目を集めてきた。16年リオ五輪は伊藤が団体メンバー入りした一方で、補欠止まりだった。17年の全日本を史上最年少となる16歳9カ月で制し、東京五輪へと名乗りを上げたが、精神的に幼く、ハリケーンと称される攻撃的な高速卓球も徐々に研究されて失速した。

 「4年前の(五輪)選考の時は、卓球が嫌いだった。逃げたくて、背を向けたくて。毎日、どうやったら現実逃避できるかを考えていた」。東京五輪ではリードしていた選考レースの直接対決で石川佳純に競り負けてシングルス代表を逃した。

 団体戦のみの出場で石川や伊藤とともに銀メダルを手にしても、何か物足りなかった。その反骨心を胸に、この3年間は悔いを残さないよう過ごしてきた。22年3月のパリ五輪第1回選考会で8位に沈んで泣いたが、そこから奮起した。

 「“頑張りが足りなかった”と後から言っても意味がない。“最初から頑張れよ”と自分に活を入れられたのが、4年前からの成長だと思う」

 早田とともにシングルス代表で臨むパリ五輪。「必ずメダルを獲りたい。団体にも出場できるので、そこでも金メダル(を獲りたい)。五輪の舞台で中国選手に勝ちたい」。大きな目標を胸に、まずは全日本で7年ぶり2度目となる頂点を極める。

 ◇平野 美宇(ひらの・みう)2000年(平12)4月14日生まれ、静岡県沼津市出身の23歳。「美宇」はスペースシャトル打ち上げ成功に感動した両親が「美しい宇宙」から命名。2歳から山梨県中央市で育ち、ともに筑波大卓球部出身の父・光正さん、母・真理子さんの影響で3歳5カ月で卓球を始めた。17年全日本選手権で大会最年少16歳9カ月で女子シングルス初優勝。17年世界選手権女子シングルス銅メダル。18年世界選手権団体戦銀メダル。21年東京五輪団体戦銀メダル。1メートル58、45キロ。

 ▽パリ五輪への道 計6度の国内選考会や世界選手権、Tリーグなどで独自の選考ポイントを付与し、今回の全日本選手権後までの2年間で獲得ポイント上位2人をシングルス代表に選出する。

 団体戦代表となる3人目はダブルスの相性も考慮して強化本部が推薦し、2月5日に発表する。今大会前に女子の早田ひな、男子の張本智和、戸上隼輔が代表に確定している。

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