古田敦也氏 野村克也氏には「必死でくらいついてた感じ」 忘れられない言葉は「豊富な知識が…」

[ 2023年3月7日 16:04 ]

古田敦也氏
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 元ヤクルト監督の古田敦也氏(57)が7日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)にゲスト出演。恩師・野村克也氏(20年死去、享年84)からの忘れられない言葉を明かした。

 古田氏はヤクルトで18年間、日本を代表する捕手として活躍し、現役生活最後の2年は兼任監督も務めていた。司会の黒柳徹子から「プロ1年目から野村監督。それがとっても良かったんですって」と話を振られると、「そうです。それは僕にしては偶然の出会いなんですけども、偶然ではちょっと片付けにくいくらい、運命的と言いますか、僕にとっては本当にありがたい話ですね」と振り返った。

 「やっぱり野村監督と言えばプロ野球のさまざまな記録を持っているキャッチャー。同じポジションだったんで、ですから野村監督が長年培ったプロ野球のノウハウと言いますか、集大成みたいなものを僕にまあ教えていただけるんで」と古田氏。「まあ正直怒られながらですけど、優しくではなかったんですね。厳しく指導していただいたおかげで“そうか、プロってこうやって生き残っていけるのか”、“そうか、相手を抑えるってそういうことか”っていうのは、それまでアマチュアでやってきましたけれども、プロはプロで戦い方も違う部分はありますから、非常に勉強になりましたし、毎日本当にもういつも怒られてばっかりなんで、合格点もらえるように、必死でくらいついてた感じだったと思います」と回顧した。

 黒柳から野村氏は面白い人だったと言われると、「面白いと思います。僕が言うのもなんですけど」と苦笑。「こういうメディアに対してもですね、非常に積極的にご本人も出てましたし、僕たちにも出なさいと。“名前と顔を売るんだ”って。野球選手っていうのは球場でしか名前と顔が分からんかったら結局一般の人に応援してもらえないんで、こういう番組があれば積極的に出て、28年前にもお邪魔したんですけど、そうすると野球ファン以外の人が見て、あ、面白そうだなと思って球場に足を運んでくれると。そういうことを思われてた方なんで。“積極的に行け”とおっしゃってましたね」と続けた。

 野村さんからの忘れられない言葉を聞かれると、「監督からはいろいろ教わったんですけど、例えば“豊富な知識がピンチを救う”って言って」と明かした。「結局人間って生きてる間はピンチって言われる決断しなきゃいけない、追い詰められた状況はいっぱいあるんだけれども、その時に最善の策を練るためにはそれまでに準備をして、知識を頭に入れてると、ピンチの状況でも一番いい方法を選べるんだと。だから勉強するんだ、だから知識を入れなさいっていう、まあそういう教えなんで。それが野球に必ず生きるっていう」と説明した。

 「だから多分野村監督のオリジナルの言葉かどうかはちょっと僕にも分からないんですけれども」としながらも「普段からいわゆるビジネス書っていうのをずっと読まれててですね、その時に野球に生かせるような言葉があったら僕たちに伝えていただいてたと思うんですけど、非常にミーティングがお好きで、体育会のリーダーってどうしても“おい行くぞ、負けるな”って感じの監督がどうしても多いんですけど、そういう意味で言うと我々に刺激的な、聞いたことのない言葉も含めてですね、知的好奇心みたいなのをくすぐっていただけるっていうのは当時の監督でしたら本当に新しかったと思いますね」としみじみ。「巡り会えて良かったと思います」と言い切った。

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