【内田雅也の追球】掛布、松井、そして佐藤輝…甲子園にいる「神」の存在を知る三塁手たち

[ 2021年5月21日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神ーヤクルト(雨天中止) ( 2021年5月20日    甲子園 )

1回表は芝生の上を通り、三塁の守備に向かう佐藤輝(写真は11日の中日戦)
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 阪神園芸甲子園施設部長・金沢健児は、その光景を目にしたとき「新鮮に映った」という。3月10日のオープン戦・広島戦、阪神新人・佐藤輝明が甲子園で初めてスタメン三塁に就いた時だ。

 試合開始直前のメンバー紹介を受け、ナインが守備位置に向かう。佐藤輝は一塁ベンチから一塁後方の外野芝生上を通り、弧を描いて三塁まで駆けていった。2回表以降は捕手の後方からファウル地域を通っていった。

 「フェア地域を横切っていく選手もいるなか、あれ、と思いまして……」

 その日の試合後、直接話を聞いてみた。佐藤輝は「今までもずっとそうしていましたので」と短く答えたそうだ。

 近大時代も同じだったのだろう。金沢は星稜高時代、三塁手だった松井秀喜(後に巨人、ヤンキースなど)も同じだったのを覚えていた。巨人入りした松井に甲子園で会い、その話をすると「幼いかろから阪神ファンでしたので、掛布さんをみならって、まねしていました」と答えたそうだ。

 掛布雅之と金沢はちょうど、その話をしたばかりだった。BSフジの番組『CROSSOVER』(5月1、8日放送)で対談していた。

 掛布は「僕はグラウンドへの敬意と言いますか、やはり神聖なものととらえていました」と話した。「ボールよりも先に自分の足で汚してしまうのは許せませんでした」

 もちろん、日々、甲子園球場の整備・管理に精を出すグラウンドキーパーへの感謝、敬意がある。さらに「聖地」と言われる甲子園への畏敬の念があった。

 江夏豊は大阪学院高から入団1年目、甲子園でのオープン戦で試合前、「甲子園の土守(つちもり)」と呼ばれた名物グラウンドキーパー、藤本治一郎から怒鳴られた。後藤正治『牙――江夏豊とその時代』(講談社文庫)に描写がある。

 <――足もとに唾(つば)を吐いた。近くにいた赤ら顔の男が血相を変えて怒鳴った。「バカヤロー! グラウンドに唾を吐く奴(やつ)がどこにいる。ここはな、お前らの職場じゃないか」(中略)甲子園のグラウンド整備に懸ける男の一途(いちず)なものが伝わってきた>

 特に1924(大正13)年の開場以来引き継がれる黒土への思いがあった。人工芝に天然芝と今や12球団本拠地球場で内野が土なのは甲子園球場だけだ。

 あの土には多くの猛虎の先人たち、そして球児たちの汗や涙が染みこんでいる。三塁には景浦将も藤村富美男も三宅秀史も、そして掛布もいた。今の大山悠輔も含め、心が宿っている。佐藤輝はそんな先人への敬意を自然な形であらわし、三塁守備に就いているわけだ。

 野球通で知られたミュージシャンの大滝詠一は打席に入る時のお辞儀を「アニミズム的な“場に神がいるんだ”という考え方」と語っていた。高橋安幸『伝説のプロ野球選手に会いに行く』(廣済堂文庫)にあった。大滝は<伝説のプロ野球ファン>という特別編だった。

 確かに野球場に神はいる。佐藤輝は松井や掛布同様にその存在を知っているのだろう。 =敬称略= (編集委員)

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