【元NHKアナ小野塚康之の一喜一憂】 関東一の快勝を支えたトップバッター・大久保翔太の心

[ 2019年8月11日 05:30 ]

第101回全国高校野球選手権 第5日1回戦   関東一10―6日本文理 ( 2019年8月10日    甲子園 )

試合に勝った関東第一ナインは笑顔で駆け出す (撮影・後藤 大輝)   
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 1回の裏のマウンドに日本文理のエース南隼人が立つ。三塁側のダッグアウト前のネクストバッタ―ズサークルで投球練習を見つめ、タイミングを計りながら力強いスイングを繰り出す大久保翔太外野手(3年)。東東京大会の打率・571と当たりに当たっている“強打関東一”の1番打者だ。

 球審に丁寧に礼をして左打席に。プレーボールがかかり右足を高く上げて構える。打つ気満々。三塁手も打球に備えて腰を落とす。ピッチャー南が第1球を、力感溢れるフォームで右腕から投げ込む。フィニッシュは少々一塁側に流れる。すかさず、大久保はセーフティーバントを三塁線へ。ポーンと小飛球になった後、バウンドしてラインの内側にピタリと止まる。どうにもしようのない心憎いばかりのバントヒットだ。「賢いよなぁ。うまいよなぁ」

 今度は一塁上でじわりじわりと塁を離れる。東東京大会7盗塁の自慢の足で6歩、7歩とリードを広げる。クイックターンからけん制球が飛んでくる。一瞬、ほんの一瞬、逆を突かれたような気がしたが、素早く身を反転。一歩踏み出しながら右手でベースタッチする。楽々セーフ。もう一度同じことが繰り返される。「抜群の運動神経、何たる身のこなし」

 2回の第2打席。速球、変化球を見極めツーボール、3球目ファウルで2―1。4球目の高め速球を空振り。ここで反省してかバットを短く握り直して、5、6球目とファウル、ファウル。更に低めをカットして7球目はファウル。今のは三塁線の際どい当たりだったから一塁に向ったけど、打撃から走塁に切り替えてトップスピードに乗るの速かったなぁ。あっという間にスリーフィートラインまで行ってたわ。カウント2―2。8球目は速球ボールで3―2。粘った9球目は膝元の速球わずかに近すぎてボール、見事に見切った。フォアボールで出塁。「何たるしつこさ、選球眼が的確だねぇ」。

 3回の第3打席はストレートのフォアボール。「ぶれない繋ぎの心、大事だなぁ」

 5回の第4打席は2人目の長谷川優也と対戦。この回の先頭で代わった投手に対し、積極的に行こうという意思が感じられ、2球ファウルを打った。しかも打球はゴロだ。出塁を狙う打撃姿勢が感じられた。しかし、ここはバッテリーの配球が巧みでボールゾーンに低く落ちる変化球にバットは空を切り、三振に倒れた。「相手がうまかった。こんな事あるさ」

 7回の第5打席は6対5と1点リードの無死二塁で打席に立ち、追加点が欲しい場面。最低でも1死三塁の形を作ろうとヒッティングの姿勢を見せつつ、ボール球に手を出さずフォアボールをつかみ取り出塁した。ここで素晴らしかったのは、次打者の村岡拓海の犠打で二塁ランナーとなり、3番平川嶺のセンター前タイムリーで生還した際の走塁だ。2点目は防ごうという外野の前進守備に対しての好スタートで悠々とホームイン。9―6の3点差となる貴重な得点を記したのだった。「凡事徹底ってのかな。立派」

 こんなことを感じながら大久保を見ていた。「1番打者」はリードオフマンと言われるようにチームの看板、象徴であり、勝負を左右する重要な存在だと思う。関東一なら2015年、ベスト4の原動力となったオコエ瑠偉(現楽天)を思い起こす。タイプは違うが大久保もこのチームを引っ張っているはずだ。今日の試合について本人に聞いた狙いと現状を加えておく。

 第1打席のセーフティ―バントは日本文理との組み合わせが決まって、南投手を映像で確認した瞬間から一塁側に傾く癖に気付いていたので狙っていたという。但し1球で決めなければならないので、ちょっと固くなって小飛球気味になってヒヤッとしたそうだ。

 走塁でのリードの特徴は帰塁に自信があることだ。盗塁ももちろんだが、バッテリー、ディフェンスにプレッシャーをかける。そのために大きく出る。最大7歩半まで行ける。そしてスタートを切りやすい二塁側への体重移動をしつつも戻ってセーフになるタイミングを掴んでいる。だから一瞬逆を突かれたように見えるらしい。

 四球については“大切で必要不可欠なもの”だという。自分の役割は出塁。もちろんヒットが出ればいが、いつも打てる訳ではない。後ろの打者が好調であれば、四球は繋ぎに極めて有効だと力をこめる。だからしっかりした選球眼を身に着けたいと。一塁へのスタートの速さも内野安打や守備側のミスにつながる可能性があるからだと徹底している。

 5打席2打数1安打3四球

 今日の反省は三振に倒れた第4打席。「全打席出塁しないと自分の役割は果たしていないことになる。今日は30点です」と厳しい自己採点だ。本当はほかにも理由はある。緊張のあまり、両足が太腿から下がつっていたのだそうだ。4回の守備でバックホームしたときに、悔しそうに両ひざに手をついていたように見えたので尋ねたら、あの瞬間に症状が出たそうだ。その後、ダッグアウトに帰るごとにストレッチしながら1試合持たせたそうだ。右手首も東東京大会で痛め、テーピングしている。だから万全ではなかったと平然と言う。でも「ほかのみんなが頑張ってくれたし自分も悪い流れは作らず勝利したので良かったです」と心から喜んでいるようだった。「痛みに強く、フォア・ザ・チームのいいやつだ!」

 本音を聞かせてくれた大久保選手にさわやかな気分を味合わせてもらいながら、一つだけ見たかったシーンを呟いてみたい。

 「ピッチャーセットポジションに入りました。一塁ランナーは大久保。肩越しに視線を送る。ジリジリとリードを広げる。足を上げて第1球を投げました。大久保いいスタート!バッター空振り、キャッチャーから二塁へいい送球、ベースカバーにショートが入る。ランナー滑り込む。タッチ、セーフ、盗塁成功。スタート、中間走、無駄のないスライディング見事でした」

 甲子園の柔らかな土の感触をスパイクの歯で実感し、ここで決めるスチールのイメージは完璧に出来上がっているそうだ。大久保を見る次の楽しみが鮮明になってきた。

 ◆小野塚 康之(おのづか やすゆき)元NHKアナウンサー。1957年(昭32)5月23日、東京都出身の62歳。学習院大から80年にNHK入局。東京アナウンス室、大阪局、福岡局などに勤務。野球実況一筋30数年。甲子園での高校野球は春夏通じて300試合以上実況。プロ野球、オリンピックは夏冬あわせ5回の現地実況。2019年にNHKを退局し、フリーアナウンサーに。(小野塚氏の塚は正しくは旧字体)

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