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先駆者だった川上氏 ドジャース戦法、哲のカーテン…新機軸を次々と

1973年11月1日、日本シリーズで南海を破ってV9を達成し、胴上げされる巨人の川上哲治監督

川上哲治さん死去
 現役時代には「打撃の神様」と言われ、戦時中から戦後にプロ野球界の大スターとして「弾丸ライナー」をかっ飛ばす活躍をした川上哲治氏が、巨人監督に就任したのは1961年。前年優勝を逃した水原監督の辞任に際し、コーチから昇格する形で第8代監督に就いた。

 就任直後、戦力に乏しい大リーグのドジャースが毎年優勝争いをしている点に注目。ドジャースのコーチのアル・キャンパニスが著した「ドジャースの戦法」の実践を目指した。また、コーチとして招へいした牧野茂が中心となってサインプレーや守備のカバーリングなどを日本のプロ野球界で初めて導入していった。また、牧野コーチは「内野手が邪飛を取った場合にタッチアップするかどうかの基準は?」「外野へ抜ける安打を打たれても二塁走者を本塁へ生還させない方法は?」などの問いかけをキャンプで行う。これにはV9時代のONも興味を持ち耳を傾けたという。

 こうした今で言う「スモール」に近い野球が功を奏して61年にはチーム打率リーグ最低に加えて当時では珍しい20勝投手なしでリーグ優勝、さらに日本シリーズでは南海(現ソフトバンク)を倒して日本一に輝いた。

 川上氏はグラウンドから報道陣を追い出して取材規制を敷いた。マスコミは「鉄のカーテン」になぞらえ「哲のカーテン」と呼んだ。また、日本球界で初めて専属広報をおき、自身はスカウト部長を兼任するなどチーム編成でも権限を掌握。栄養学、ランニングコーチ制の導入など新機軸を次々と打ち出すなど、21世紀の現在までつながっている改革は数多い。

[ 2013年10月30日 16:44 ]

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