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【浜田剛史 我が道27】右まぶた流血、ズレた距離感…レフェリーに試合を止められて

[ 2026年1月28日 07:00 ]

ロープを背にアルレドンド(左)の左アッパーを浴びる
Photo By 共同

 1987年(昭62)7月22日、両国国技館で、前王者レネ・アルレドンド(メキシコ)と2度目の防衛戦をすることになりました。オプション(興行権)といって、オレが挑戦したときに契約で決まっていたんですね。

 86年7月に挑戦したときは、右膝半月板の手術やオーバーワーク症候群があったけど、このときは、絶好調ではないまでも、久々に調子がよかった。

 アルレドンドは初回KO負けしてるから、警戒して下がると思いましたね。どうつかまえて、仕留めるか。中盤以降の勝負を想定していたら、初回から打ってきた。予想外でした。左を引っかけられて、オレはリングに手をついた。随分、研究したんでしょうな。

 さらに、初回1分58秒、アルレドンドの左アッパーが当たった右目が見えなくなった。インターバルで治療のために右目を押さえられると相当痛い。試合後に目の奥の骨が折れてると診断されたから、眼窩底(がんかてい)骨折でしょう。右まぶたも、大きくカットしました。

 2回には右まぶたから血が流れ始めた。視界は赤黒い。その間にパンチがくる。30秒、左フックでロープまで飛ばされました。

 こんなことしてて、いいのか。

 アルレドンドのパンチは強い。でも、ダウンするわけにはいかない。すると3回、あることに気づいたんですね。左目しか見えないから、遠近感、距離感がズレていたのが、分かったんです。

 パンチが届かない距離と思っても、パンチをもらう。実際に見えていた距離よりも、本当は近かった。勘で距離を調整して踏み込むとボディーが当たる。「ウッウッウッ」。1戦目にアルレドンドを苦しめたボディーの記憶がよみがえりました。

 4回50秒、アルレドンドのおびえた顔を間近で見ました。アルレドンドのスリップで足が引っかかり、オレもかぶさるように倒れて右手をついたとき、真上から表情がハッキリ見えた。よし、これでいい。これで勝てる。ボディーから上にパンチを返すんだ。そのタイミングを計り始めました。

 しかし、4回終了後のインターバル、ドクターが、右まぶたの傷が深いから試合を終わらせようとした。これで終わったら客が納得しないだろうと思ったんですが、5回終了後にセコンドから「次の回がラスト」と言われた。本当か?慌てて走ってリングに出たら、パンチをもらった。バランスを崩す。レフェリーに試合を止められてしまいました。

 6回43秒、TKO負けでした。3分じゃ間に合わん、が正直な気持ちでした。セコンドが「ラスト」と言うのは、よほど傷が悪いということです。試合後に15針も縫いましたから。あと2ラウンド、いや3ラウンドあればというのが、試合直後の気持ちでした。

 ◇浜田 剛史(はまだ・つよし)1960年(昭35)11月29日生まれ、沖縄県出身の65歳。沖縄水産高で高校総体王者。帝拳ジムからプロデビューし、84年12月に日本、85年7月に東洋太平洋のライト級王座を獲得。86年7月にレネ・アルレドンド(メキシコ)を衝撃的な初回KOで破り、WBC世界スーパーライト級王座を獲得した。戦績は24戦21勝19KO2敗1無効試合。現在は帝拳ジム代表。

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