【浜田剛史 我が道11】もう、ボクシングをやめよう 練習再開も手術した左拳に痛み…
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1981年(昭56)12月7日、日大板橋病院の龍順之助医師の執刀で、左手人さし指の手術をしました。
折れたまま曲がってくっつき、手の甲側に山なりに出っぱってしまった骨を真っすぐにして、骨折部分の骨を削ってできた隙間に腰の骨を移植。その上から、当時、一番いいと言われたスイス製の金属プレートを当てて、4本のネジで固定する手術でした。
3階級制覇し、「ニカラグアの貴公子」と言われたアレクシス・アルゲリョと同じ手術でした。アルゲリョのプレートはプラチナだったらしいですがね。折れた骨は、くっつけば強くなるという迷信があったし、プレートを入れれば大丈夫と、当時は、単純にそう思ってましたね。
1カ月ぐらいギプスで固定し、練習を再開しました。月に1回の検査でも問題なく、自分でエックス線写真を見ても大丈夫だと思ってました。翌82年9月に復帰戦も決まり、スパーリングをしていた6月でした。また、左拳に痛みが走りました。
1週間後に韓国でのスパーリング合宿に行くことが決まっていたので、そのまま韓国に行きました。当時はもう、国内にスパーリングパートナーがいなかったんですね。でも、韓国では右拳しか使えませんでした。
帰国後の検査で、骨折部分にヒビ(亀裂骨折)が入っているのが分かりました。「手術してもダメなのか。手術でダメなら、何があるんだ…」。3度目は深刻でした。9月の試合はキャンセル。7月には、最後の試合から1年がたったため、日本ランキングから名前が消えました。
小学生のときに夢見た世界王者になるために、プロになった。しかし、左拳は手術をしても折れてしまった。もう治らないのではないか。世界王者になれるか、なれないか。自分にとっては、2つに1つの話です。治らない、イコール、世界王者にはなれない。
「もう、ボクシングをやめよう」
そう決断し、ある日の練習後に、帰宅する桑田勇トレーナーを、都電荒川線の踏切近くで待ち伏せました。
一生懸命、二人三脚でやってきたトレーナーです。本田明彦会長やマネジャー(長野ハルさん)より先に、伝えなければという気持ちでした。ボクシングをやめようと思う。ただ、オレが試していない方法が、まだあるなら、聞きたいという気持ちもありました。
しかし、桑田トレーナーの答えは「右一本でも、お前なら日本王者になれるじゃないか」でした。オレは、日本王者になりたくてボクシングをしてるわけじゃない。「分かりました」。そう答えて桑田トレーナーとの話は、終わりました。
◇浜田 剛史(はまだ・つよし)1960年(昭35)11月29日生まれ、沖縄県出身の65歳。沖縄水産高で高校総体王者。帝拳ジムからプロデビューし、84年12月に日本、85年7月に東洋太平洋のライト級王座を獲得。86年7月にレネ・アルレドンド(メキシコ)を衝撃的な初回KOで破り、WBC世界スーパーライト級王座を獲得した。戦績は24戦21勝19KO2敗1無効試合。現在は帝拳ジム代表。
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