【内田雅也の追球】「志」を胸に南海道決戦

[ 2025年10月25日 08:00 ]

監督会議に出席した阪神の藤川監督(撮影・岸 良祐) 
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 日本シリーズ監督会議後の記者会見で阪神監督・藤川球児は「勝った負けたは小っちゃなこと」と言った。

 勝ったから声を大きくして言えるのだろうが、本音だとみている。

 会見で監督要請を受諾した理由を「野球界への恩返し」と明かしたうえでの発言である。確かに昨年10月15日の監督就任会見でも少年少女など底辺拡大や社会貢献、地域密着……球界発展を目的とする言葉が相次いだ。

 ペナントレースを争うなか、優勝が目標なのは言うまでもない。藤川は“目標の前に目的がある”と言いたいのだろう。

 明治維新の精神的指導者、吉田松陰の「志を立てて以て万事の源と為す」を思う。志を立てることからすべては始まる、という意味である。志とは生きる目的だ。その志を果たすために何をするのか。目標ができる。

 今月15日の甲子園一塁ベンチ。クライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージ前の練習中、藤川から行動規範としている師を「僕はずっと吉田松陰です」と聞いた。広岡達朗の文章に目を通し「先人の考えから学びます。広岡さんは中村天風氏(思想家)を師と仰いでいます。僕は――」といった流れだった。

 歴史作家・楠戸義昭の『吉田松陰 「人を動かす天才」の言葉』(知的生きかた文庫)に、武器を閲(けみ)するのは武士の平素の心がけで<当たり前のことを当たり前にする。これも士道にとってきわめて重要>とあった。藤川の言う「凡事徹底」に通じている。

 名物オーナーだった久万俊二郎は「監督の理想像は吉田松陰」と繰り返していた。筆者の出身が和歌山だと言うと「やはり、そうでしたか」と膝を打った。久万は高知出身。「同じ南海道。似ているんですよ」。古代「五畿七道」の南海道である。土佐も紀州も同じ行政区分にあった。似ているのは、長くキャンプを張る高知・安芸で取材し、現地の人と交わることで感じていた。

 司馬遼太郎は『この国のかたち』(文春文庫)で<土佐人には“南海道”というものの気質が濃密だったのだろう。土俗として平等意識がつよく>とある。黒潮の向こうに夢を抱き、自由児が多く、発想が多様……というわけである。

 相手ソフトバンクの監督・小久保裕紀は和歌山出身。指揮官は似たもの同士の「南海道決戦」である。 =敬称略=
 (編集委員)

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