【内田雅也の追球】監督業と季節の移ろい

[ 2025年3月5日 08:00 ]

雨天中止となった甲子園球場(撮影・須田 麻祐子)
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 朝、誰もいない甲子園球場の記者席で、しばらく雨を眺めていた。時には雨の甲子園もいい。風は冷たいが、しとしと降る春の雨だった。

 午前9時半、早々とオープン戦は中止が決まった。室内練習場に行くと打撃練習中だった。阪神監督・藤川球児は独り遊撃後方に立っていた。

 記者団を前に「三寒四温ですね」と言った。「これで3日寒い日が続いたのかな。じゃあ4日ほど温かくなるでしょう。これが日本の季節。いいですよね」

 きょう5日、二十四節気で啓蟄(けいちつ)、七十二候で蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)を迎える。倉嶋厚・原田稔編著『雨のことば辞典』(講談社学術文庫)には「啓蟄の雨」の項がある。<土の中に冬眠していたカエルやもろもろの虫たちが穴から出てくる。春の訪れを小さな動物までが喜んでいるのだ。このころから一雨ごとに春らしくなっていく>。

 試合の中止を藤川は気にもとめていない。雨に季節を感じ、楽しんでいる。キャンプイン前にはワカサギ釣りを楽しみ、山菜採りでユキノシタを味わっているそうだ。そう言えば、いつかYouTubeでアウトドアが趣味だと話していた。

 自然の中で生きる姿勢は監督に通じている。1980年代に活躍した批評家・草野進は<監督業とは年ごとの収穫を期待される農民のようなものだ>と書いた=『どうしたって、プロ野球は面白い』(中央公論社)=。

 春夏の高校野球や春、秋の大学野球とは違い、プロ野球は長いシーズンの戦いだ。監督として<心配するのは、田植えはうまくいったか、台風の被害はどうだったか、害虫は発生しなかったかといったきわめて農民的なことがらである>。藤川も常に選手の「健康」や天候の寒暖を気にかけている。

 アメリカには「季節は4つある。冬、夏、秋、そして野球だ」といった言い方がある。映画『バンクーバーの朝日』に登場するレストラン「ビーハイブ」の壁にその言葉が掛けられていたのを覚えている。春は野球の季節、野球シーズンの到来を告げる季節なのだ。

 五感を磨けば第六感が働くという。甲子園の雨に春を思った。季節の移ろいを感じながら、チームを指揮できれば、いつか実りの秋を迎えられるだろう。=敬称略=(編集委員)

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