オリックス 阪神大震災から30年、「がんばろうKOBE」ユニ復活 岸田監督「野球で街を盛り上げる」

[ 2025年1月18日 05:00 ]

室内練習場に展示された震災時の写真パネルを見るオリックス新入団選手たち(撮影・後藤 正志)
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 1995年の阪神大震災から17日で30年を迎えた。関西に本拠を置くプロスポーツチームは、それぞれ黙とうをささげた。オリックスは今季、ほっと神戸で主催する公式戦6試合で、右袖に「がんばろうKOBE」と刻まれた30年前の復刻ユニホームを着用すると発表。リーグ優勝を果たした95年のような、関西に勇気を与えるシーズンにすることを誓った。

 正午。大阪・舞洲の球団施設で岸田監督、湊通夫球団社長、福良淳一GM以下、選手、スタッフ約90人が整列し、神戸の方向に向けて黙とうをささげた。当時を知る関係者の数は少なくなったが、だからこそ語り継ぐ使命は重い。岸田監督が球団の総意を言葉にした。

 「30年もたった感じはしない。まだ悲しんでおられる方も、毎年のように思い出してしまうこともあると思う。“がんばろうKOBE”。野球で街を盛り上げる気持ちで取り組んでいかないと」

 13歳の時に大阪府吹田市内の自宅で被災。幸い大きな被害はなかったが「タンスや時計、テレビが倒れたりした記憶はある」。チーム一丸の快進撃もテレビで見て「オリックスって強いな」と初めて認識した年だった。

 今季、ほっと神戸での開催6試合では、95年当時の「がんばろうKOBE」のユニホームを着用することが決まった。前日に野球殿堂入りが決まったイチロー氏が先頭に立ち、11年ぶりのリーグ優勝で地元を勇気づけた。球団は室内練習場に当時の神戸の様子や、イチロー氏のプレー姿などの写真を展示した。「僕も(プロ入り後の)寮は神戸でしたし、オリックスといえば神戸だった。スポーツの持つ力は大きいと思うし、日本全体を野球で盛り上げられたら」。あの快進撃を再び。チーム一丸で頂点を目指し、関西に勇気を届ける。(山添 晴治)

 ▽1995年のオリックス 本拠地の神戸市などが甚大な被害を受け「がんばろうKOBE」のスローガンのもと開幕。序盤は出遅れたが、6月中旬に首位へ再浮上して以降は独走。球宴前の7月22日にマジックナンバー43が点灯し、9月19日に阪急時代の84年以来11年ぶりのリーグ優勝を決めた。

 〇…ドラフト1位・麦谷(富士大)も他の新人らとともに黙とうをささげた。仙台市出身で8歳の時に東日本大震災で被災。「津波が家から見えて、避難した。(13年の楽天の優勝で)夢や感動を本当に与えてもらいましたし、オリックスは、その(阪神大震災が発生した)年に優勝している。本当に野球の力は凄いなと感じます」。阪神大震災から30年の節目を迎え、球団は室内練習場に当時の神戸の様子やイチロー氏のプレー姿などの写真を初めて展示。一枚、一枚に見入った22歳は「30年の節目の入団でご縁もあると思うので、優勝したい」と言葉に力を込めた。

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