【内田雅也の追球】「子ども」と「大人」の共存

[ 2025年1月14日 08:00 ]

甲子園球場で行われた「西宮市二十歳のつどい」で阪神大震災30年の黙とうを捧げる参加者
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 甲子園球場で西宮市二十歳のつどい(旧成人式)があった。2020年に初めて甲子園で開催され、地元の行事として定着している。この日は西宮市で20歳を迎えた3478人(対象者5284人)が集まった。

 20歳の代表3人のあいさつのなかで「正直に言います。僕は“大人になった”と胸を張って言う自信はありません」と語り出した男性の話にスタンドから拍手が起きた。子どもと大人の「曖昧な時期」を自覚したうえ「忘れてはいけないもの」として「子どものころ思っていたはずの、何かを妄想している時のワクワク感、何かを知りたいと思う時のドキドキ感」をあげていた。拍手は銀傘に響きわたった。

 少し前、当欄で書いた「童心」の重要性に通じている。大下弘もウィリー・メイズも村山実も……有名選手たちは皆、どこかに野球少年のような心を持ち続けていた。それは阪神監督・藤川球児もよくわかっている。

 ただ、「童心」はいいのだが「稚心(ちしん)」はいけない。
 栗山英樹が日本ハム監督だった2019年1月に出した著書、その名も『稚心を去る』(ワニブックス)に<「稚心」とは「子どもっぽい心」>と戒めている。<成長を妨げているのは「子どもっぽい心」、要するに「わがまま」であるケースが多い。みんな心の中に「大人の心」と「子どもっぽい心」が共存していて、うまくいかないと、すぐに「子どもっぽい心」が出てきて、人を「わがまま」にさせる>。

 栗山は<野球ほど「人のせい」にしやすいスポーツはない>と書く。失敗の多いスポーツだ。「あそこを抑えていれば……」「あそこで1本出ていれば……」「あそこでエラーしなければ……」と誰かに敗因を押しつける材料はいくらでもある。<人のせいにするのが簡単だから、人としてどうあるべきかがわからないと、野球はちゃんとできない>。

 やはり、野球はどこまで行っても人間的である。責任ある言動・姿勢に努め、人間性を高めたい。つまり大切な童心もコントロールする必要がある。幼いころの感覚や純粋な感動は確かに力になるが、童心も過ぎては稚心でしかない。

 失敗を重ね、経験を積み、精進して大人になっていく。そこに年齢は関係はない。「大人の集団」こそが勝利をつかむのである。 =敬称略=(編集委員)

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