柔道・新井千鶴 階級上げ進化、正統派の真価――遅咲き26歳、組み合うスタイル足技どハマり
2020 THE STORY 飛躍の秘密
「正統派」と称賛される柔道スタイルで、先月27日に初の五輪代表に内定した女子70キロ級の新井千鶴(26=三井住友海上)。埼玉・児玉高3年でインターハイ初出場初優勝を果たすまでは、全国大会に出場経験すらなかった。早熟成長型の選手が代表の大部分を占める“お家芸”で、新井はいかにして成長を遂げたのか。東京五輪の通常開催は不透明な状況の中、高校時代の恩師、柏又(かしまた)洋邦監督(52)が当時を振り返った。
小1で柔道を始めた新井が、「初めて柔道に向き合った」と振り返るのが高校時代の3年間だ。都心からは上越新幹線を利用しても約1時間半。周りを田畑で囲まれた土地に児玉高はある。昭和40年代に建てられた柔道場の正面には、今も新井のインターハイ優勝を称える賞状のカラーコピーが飾られている。
地元・寄居町の男衾(おぶすま)クラブに通っていた新井だが、週3回ほどの稽古では飽き足らず、当時同クラブの代表が児玉高OBだった縁で、中2ごろから同校の稽古に参加した。「初めて見た中2の時は48キロ級だったかな。中3でも52キロ級。ひょろっとして線は細かったが、柔道は器用で、精神的なしんが強かった」。これが柏又監督の第一印象。高校受験に際しても、「学力があったから、無理に入学は勧めなかった。選んでくれたという感じだった」。成り行き任せの先で、運命の糸はつながった。
「とにかくご両親も背が高く、お兄さんも100キロ超級の選手だった。もしかしたら大きくなるかなと思い、無理に階級を決めて小さく固めるのではなく1年間は伸び伸びとやらせようと考えた」
高1で57キロ級、高2で63キロ級、そして高3で70キロ級に転向。柏又監督も過去に指導した選手には「記憶がない」という成長を予見し、型にはめず、大きく育てようと考えた。練習メニューも「基本的に生徒が考える。特に新井の代はそうだった」と言うように一方的に押し付けず、自ら考えることを促した。
「とにかく真面目。練習では自分ができるようになるまで繰り返しやるタイプ。それでオーバーワークになるところが玉にきずだった」という新井。学業も「3年間オール5」(柏又監督)という超の付く優等生だったが、監督の勧めに抵抗を見せた出来事があった。
それが高2の夏の終わり、70キロ級に上げることを勧めた時。「当時(63キロ級の)ライバル選手が埼玉栄にいて、ほとんど 負けていた。階級を上げる相談をしている時“逃げるようで嫌”というイメージを持ったと思う。ずいぶん話をした」
後に北東北で開催されたインターハイに優勝した時も、体重は68キロ程度と70キロに届かず。「ちょっと減量すれば十分(63キロ級でも)可能だった」が、柏又監督は将来を見越して階級転向 を勧め、新井も最終的に受け入れた。高2の秋口からは、それまで以上のトレーニングと食トレで体を大きくした。10年前の決断がなかったら、新井の柔道人生は今とは少し違ったものになっていたかもしれない。
階級転向は培ってきた柔道スタイルが生きる要因にもなった。軽い階級では俗に「がちゃがちゃ」と表現される動きの激しい攻防になるが、新井の場合は得意とは言えなかった。一方で中・重量級の中間に当たる70キロ級は、互いに組み合う展開になりやすく「結果的にプラスになった」という。男衾クラブ時代の指導は足技中心。相手のバランスを崩すことが肝となる足技は、階級を上げてより一層効果を上げた。「(近年は)足を取ってはいけない、組み合わないといけないと、ルールも味方するようになった。そういう面では恵まれている」と追い風も感じている。
実業団屈指の強豪、三井住友海上入り後も何度も壁にぶつかり、稽古でボロボロにされては「愚痴を言いに来た」という。卒業から8年が経過した今でも年に数回は顔を合わせるが、「真面目なので、何か言ってしまえば消化するのに時間がかかる」とあえて技術的な助言はしない。「ため込んでしまうタイプ。(自分は)ガス抜き相手でいい」と柏又監督。恩師は座して、教え子からの吉報を待っている。
《三井住友海上・柳沢監督「伸び代」ホレた》高校の途中まで全国的には無名だった新井をスカウトした三井住友海上の柳沢久監督(72)も、第一印象を「ひょろっとした選手で、柔道も癖がなかった。しっかり持って、思い切り掛けにいく。伸び代があるな、と」と振り返る。入部が決まったのは高3のインターハイ前だが、目を付けたのは高2だった10年夏の金鷲旗大会(団体戦で争われるオープン参加の全国大会)。長崎明誠戦で相手をきれいにはね飛ばす姿をたまたま目にし、才能を見いだした。
04年アテネ、08年北京五輪連覇の上野雅恵(現同社コーチ)も70キロ級。「上野は(入部当初から)強かった。新井はそうではなかった」と比較対象としては捉えていないが、「徐々に強くなった。しっかり筋肉が付き、みんながほれぼれするような技を持っている」と目を細める。むしろ、その姿を重ねるのは96年アトランタ五輪で柔道日本女子で金メダル第1号となった61キロ級(現63キロ級)の恵本裕子。高校から柔道を始め、わずか8年で頂点へ駆け上ったかつての教え子と新井を「小さくまとまらないように、世界で通用する技づくりをしてきたのは共通する」と話した。
《コロナショック、出稽古できない》2月のグランドスラム(GS)デュッセルドルフ大会で優勝、初の五輪代表を射止めた新井だが、新型コロナウイルスの影響で計画通りの練習を積み込めていないという。高校以下の活動は停止状態にあり、大学や実業団も出稽古を自粛中。「(出稽古で)いろんなタイプの選手と組み合いたいが難しい」と吐露した。4月の代表合宿や、五輪前哨戦となる大会も開催が不透明だが、全世界の選手も同じ悩みを抱えるだけに「体調管理をしっかりして、やれることをしっかり」と話していた。
《五輪予選の期間延期、5月末から6月末へ》新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受け、すでに主要な国際大会だけでも3、4月の4大会、6月のグランプリ(GP)フフホト大会(中国)と計5大会の中止が決定している。国際柔道連盟(IJF)は当初5月末までだった五輪予選期間を、6月末まで延期。新井ら日本代表選手の多くは5月28~30日のマスターズ大会に出場予定とみられるが、五輪自体の延期が決定的となる中、全てが不透明となっている。
◆新井 千鶴(あらい・ちづる)1993年(平5)11月1日生まれ、埼玉県寄居町出身の26歳。地元の男衾クラブで小1から柔道を始め、児玉高3年でインターハイ初出場初優勝。12年4月に三井住友海上に入社。13年のGS東京大会でシニアの国際大会初優勝。世界選手権は初出場の15年は5位、17、18年は優勝、昨年は3回戦敗退。左組み。得意技は内股。1メートル72。
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