山田4度目の正直で銅「やってきたことは間違いじゃなかった」

[ 2016年9月15日 05:30 ]

決勝、銅メダルを獲得し笑顔を見せる山田

リオデジャネイロ・パラリンピック 競泳男子50メートル自由形(運動機能障がいS9)

(9月13日)
 競泳の男子50メートル自由形(運動機能障がいS9)で、4大会連続出場の山田拓朗(25=NTTドコモ)が26秒00の3位となり、初のメダルを獲得した。

 上位6選手がほぼ横一線でゴールに飛び込んだ。第6レーンの山田は右腕をきちっと伸ばして壁を叩いた。隻腕スイマーにとって難しい技術の一つであるクロールのタッチ。「いつもは流れたり、詰まったりするのが、しっかり合った。いい記録が出たかなと思った」。予感は当たった。予選で出した26秒20の自己ベストをさらに更新する26秒00の3位。「どうしても欲しかった」メダル獲得だ。表彰式では4度目のパラリンピックにして初のメダルを首に掛けられ「けっこう重い。12年の重みが詰まっているな」と言ってほほ笑んだ。

 生まれつき左肘から先がない。水嫌いを克服するため3歳で水泳を始めた。13歳の時、日本パラリンピック史上最年少で04年アテネ大会の代表になった元天才少年。08年北京、12年ロンドンにも出場したが、メダルにはあと一歩届かなかった。 筑波大を卒業した14年に選んだ就職先はNTTドコモ。引退後の人生も考えながら、人事部で正社員として働く。プールで練習するのは週4日だけ。かつてはオーバーワークで右肩を痛めたこともあったが、今は少ない練習に密度を求める。昨秋からはロンドン五輪銅メダルの立石諒を指導する高城直基コーチに師事。課題のスタートを改善し左右のバランスの取れた泳ぎを追究してきた。

 「うまくいかないことも多かったけれど、やってきたことは間違いじゃなかった」

 終わってみれば、1位とは0秒05、2位とは0秒01の僅差だった。「悔しさもあるけれど、今後を考えれば、一番いいタイム、いい順位だったと思う。東京では一番いい色を獲りたい」。この夏NTTドコモのCMにも出演したイケメンスイマーの4年後の目標は明確になった。

 ◆山田 拓朗(やまだ・たくろう)1991年(平3)4月12日、兵庫県生まれ。北摂三田高―筑波大卒。大学時代は水泳部で健常者と一緒に練習した。専門は自由形短距離。パラリンピックでは04年アテネが50メートル予選落ち、08年北京は50メートル予選落ち、100メートル5位、12年ロンドンは50メートル4位、100メートル6位。1メートル76、70キロ。

続きを表示

2016年9月15日のニュース