しびれた「幕下優勝決定戦」横綱同士の千秋楽結びに求められるもの

[ 2015年12月2日 09:00 ]

 11月8日から22日まで福岡国際センターで開催された大相撲九州場所で心の芯からしびれた取組があった。千秋楽の中入り前に行われた「幕下優勝決定戦」である。

 既に館内は満員。ともに7戦全勝で本割を終えた西幕下31枚目・芝(しば、23)と西幕下54枚目・宇良(うら、22)が幕下優勝を懸けて土俵に上がった。ともに木瀬部屋所属。強豪・日大出身で164キロの巨体を生かした左四つの寄りが得意の芝に対し、関学大から初めてプロ入りした宇良は居反りなどの奇手の持ち主として注目される117キロの小兵である。

 立ち合いから果敢に攻めたのは体格で劣る宇良の方だった。低い当たりで下から押し上げ、すぐさま芝の左手を手繰ったが、懐に潜れずに動きが止まる。その後、自ら俵まで下がって勢いをつけ直して再び下からバチンと当たり、またも相手の左手を手繰って揺さぶったが、それでも中には入れない…。何とか勝機を見いだそうとじりじり後退しながら周り込んだが、そこで左四つに組まれ、右上手もがっちり握られてしまう。絶体絶命のピンチ。それでも宇良は諦めなかった。内掛けを試み、下手投げを打ち、右からおっつける。ひたすら自らが持つ抽斗(ひきだし)の中から使える技を出そうと必死にもがいた。出し投げを打たれてバランスが崩れてもなお粘り腰を発揮したが、立ち合いから2分40秒。最後は万策尽きて寄り倒された。

 1学年上で体格も上回る芝が「しっかり攻めれば倒せると思っていた」と語った“意地”と、小兵ながらも必死に抵抗した宇良が「力を出し切りました」と振り返った“執念”に対し、館内から万雷の拍手がしばらく鳴りやまなかった。そこに勝者も敗者も番付も知名度も関係ない。持てる力を出し切った2人の勝負に心を突き動かされた者が素直な感情を表に出しただけである。

 幕下と横綱の相撲を比べるのは失礼なことだと承知の上だが、今年最後の一番となった結びよりも幕下優勝決定戦の方が攻防があって個人的に心が動かされた。結びの白鵬は勝てば優勝決定戦進出だったが、鶴竜に対して鋭く踏み込めず、右から振られ、左を巻き替えられて寄りたてられ、粘り腰なく土俵外へ。立ち合いからわずか9秒1。その瞬間、日馬富士の2年ぶりの優勝が決まった。

 白鵬は初日から12連勝までは大技・やぐら投げや奇策・猫だましを繰り出すなど今場所の主役だったが、大詰めの3日間で日馬富士、照ノ富士、鶴竜に連敗を喫し「勝負運がついてなかった」と振り返った。休場明けで15日間を戦い抜き、最後は体力的にも思うように力が発揮できなかったのかもしれない。だが、横綱同士による千秋楽結びに求められるのは、この日の幕下優勝決定戦のような手に汗握る互いの土俵人生を懸けた大一番ではないだろうか。「土俵の充実」を訴え続けた北の湖理事長亡き今、2分40秒と9秒の二つの相撲をじっくりと見返し、そう思った。(鈴木 悟)

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2015年12月2日のニュース