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清武、W杯代表20年ぶり「国内組」トップ下へ!古巣復帰で帰国

[ 2017年2月3日 05:30 ]

羽田空港に到着した清武
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 スペイン1部セビリアから古巣のC大阪に完全移籍した日本代表MF清武弘嗣(27)が2日、羽田空港着の航空機で帰国した。出場機会を求め、4年半ぶりにC大阪復帰を決断したことを初めて自身の口で語った。最大の目標でもある18年W杯ロシア大会へ向け、国内組では98年W杯フランス大会の中田英寿(当時平塚)以来となるトップ下の座を目指す。

 「第二のサッカー人生」の幕開けだ。憧れのスペインと決別し、羽田空港に降り立った清武は帰国の途に就いた決断について初めて口を開いた。「いろんな感情がある中、(移籍先として)欧州も考えながら、最終的に日本に決めた。そこに後悔はない」。かぶっていたベースボールキャップを後ろに向けた表情には強い覚悟がにじんだ。

 3日にメディカル検査を受け、4日から宮崎キャンプ(宮崎市)に合流。晴れてC大阪の一員となる。セビリアとの交渉を成立させた移籍金は推定6億1100万円。「C大阪に感謝します。僕を育ててくれた。サッカーの楽しさを教えてくれたクラブ」と清武。古巣への恩返しは、ピッチ上で示すしかないという“男気”を示した。

 新たな野望も持つ。移籍する上で大きなウエートを占めたのが18年W杯ロシア大会だ。昨年11月のW杯予選サウジアラビア戦では所属先で出場機会が激減していた本田、香川に代わってトップ下で躍動。先制弾を決め、10年W杯以降、主力メンバーがほとんど変わらなかった日本代表に新時代の到来を予感させた。本人が痛感したのはピッチに立つことの大切さ。C大阪の尹晶煥(ユン・ジョンファン)監督は早くも2列目での起用を示唆する。自分を必要とする古巣へ戻る決断は必然だった。

 「国内組」としてW杯代表のトップ下を務めれば、98年の中田英寿以来だ。02年が中田(パルマ)、06年は中村俊輔(セルティック)、10年はトップ下不在、前回は本田(ACミラン)が務めた。日本の顔であり、命運を握る聖域。いわば“王様”のポジションは当然のように海外でプレーする選手が務めてきた。だが、迷いはない。4年半のドイツ、スペイン生活を経ての復帰。「成長した姿を見せたいし、まだまだ成長できる。結果で見せたい」と目を輝かせた。

 セビリアでの不遇な時期。欧州組の声が支えになった。「この半年間、欧州でやってる選手に支えてもらい、相談しながらやってきた」。移籍を決断すると早速、SNSなどを通じ「キヨの決断を応援したい」(香川)「決断に自信を持って進んでほしい」(長友)など続々エールが届いた。「持ってる力を全て出したい」。日本のトップ下を不動のものとするため、清武が新たな道を走り始めた。

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