【タテジマへの道】高橋遥人編<下>大学ラスト登板での悔しさを胸に

[ 2020年4月20日 15:00 ]

厳しい練習で鍛え上げられた小学6年時の高橋遥人

 スポニチ阪神担当は長年、その秋にドラフト指名されたルーキーの生い立ちを振り返る新人連載を執筆してきた。いま甲子園で躍動する若虎たちはどのような道を歩んでタテジマに袖を通したのか。新型コロナウイルス感染拡大の影響で自宅で過ごす時間が増えたファンへ向けて、過去に掲載した数々の連載を「タテジマへの道」と題して復刻配信。今日は、17年ドラフトで2位指名された高橋遥人編(下)を配信する。

 常葉学園橘中の「2番手投手」として常葉学園橘高(現常葉大橘)に進学した遥人だったが、高校の首脳陣の評価は高かった。当時監督だった黒沢学氏(40=現常葉大菊川高野球部長)は「エースになるだろうと思っていました。しなやかさ、柔軟性、肩甲骨の柔らかさ。今までの教え子の中でNo・1でしたから」と振り返る。

 指揮官がほれた才能は、トレーニングで開花していく。ボートを漕ぐ動きを繰り返すエルゴメーターと呼ばれる器具やフィットネスバイクを使ってのトレーニングで下半身や体幹を中心に鍛え抜かれた。「太腿の裏を鍛えて、脚でかく力、地面を蹴る力を強くする。それが球のスピードや精度につながる」という黒沢監督の理論のもと、遥人は着実に成長した。食事でも1日最低1キログラム以上の摂取(おかずも含め)をノルマとして課された。それまで小食だった遥人は、のみ込めずに頬(ほお)にため込む姿がおなじみとなり「お前はリスか!」といじられることもあったが、必死に食べ、確実に体も大きくなった。

 1年夏からベンチ入りし、2年夏だった2012年は2番手投手として静岡大会優勝に貢献し背番号10ながら甲子園出場を決めた。チームは開幕戦で福井工大福井と対戦し2―4で敗れたが、遥人は4点ビハインドの5回途中から登板し最速136キロの直球主体に4回1/3を3安打無失点。「プロのスカウトからは“ボールの質がすばらしい”という話が出ていたみたいです」(黒沢氏)と一躍、注目を集める存在となった。

 期待された同秋は静岡大会で早々に敗退し選抜出場は逃した。ただ「下半身のトレーニングと体を大きくすることは継続してやってきた。それが大きかったと思います」と振り返るように、入学時は130キロに届かなかった直球の最速は142キロを計測するまでになった。

 3年春の静岡大会ではベスト4入りを果たし迎えた最後の夏。思うように力を発揮できず同大会4回戦で敗れた。プロ志望届を提出したが、ドラフト会議でも指名漏れ。悔しさが募る1年となったが、周囲の勧めから亜大で野球を続けることを決断した。その4年間が、遥人を想像以上に成長させることになる。

 亜大進学直後、遥人はフォーム改造に成功した。悪癖だった「肩が開く」フォームを矯正するため“逆転の発想”を利用。「開かないように、足を上げたときにひねっていたんです。それが逆効果でした。ひねると反動で逆に開いてしまう。だったら、最初から開いておこうと」。

 打者でいう、オープンスタンスでセットしてから投球動作に移る。開きを抑えることで球に力が伝わるようになった。入部直後の3月からオープン戦のマウンドを任され、社会人チーム相手に直球で押し込む投球を見たプロスカウトからは、「なぜあいつを(高卒で)獲らなかった」との声が上がったという。

 3年時に最速は151キロまで伸び、同年秋季リーグでは1勝ながら56回2/3を防御率2・38。ドラフト候補に名を連ねた1年後、阪神から2位指名を受けた。

 だが、喜びは束の間だった。「本当に情けなかったです…」。そう振り返るのは11月4日の東洋大との東都大学野球優勝決定戦。「ドラ2左腕」として注目を浴びながら、シーズンからの不振で先発ではなく、0―1の4回2死二、三塁で登板すると、ストレートの四球を与え、次打者の初球がボールになったところで交代を告げられた。わずか5球。チームは敗れ、学生野球が終わった。

 「監督さんは、調子が悪いときでも使い続けていただいた。それに応えられなくて、本当に申し訳ないです」

 この借りを返すには、プロの世界で活躍するしかない。その思いを胸に、遥人は勝負の世界に飛び込む。

 身長1メートル79の父・智太郎さん、1メートル77の母・朱美さんの間に生まれた4男1女の5人兄妹の次男。4男はみな1メートル80を超える長身一家だ。活発な性格が多い兄妹のなかで、遥人は控えめ。「感情を表に出す方じゃない。メンタルは弱いかもしれません」と、智太郎さんは言う。小学生の時から「俺が打たれて負けたらどうしよう」と、ネガティブに考えてしまうタイプだった。

 「もう少し生意気な部分があっても良いかもしれません。『打てるものなら』ぐらいにメンタルが強くなれば、必ず大丈夫だと思います」

 おとなしくて、控えめな遥人の、新たな挑戦が始まる。
(2017年11月23、24日付掲載、一部編集 おわり)

 ◆高橋 遥人(たかはし・はると)1995年(平7)11月7日生まれ、静岡県出身の22歳。西奈小3年から西奈少年野球スポーツ少年団で野球を始める。常葉学園橘中では右翼手兼投手で、3年夏の全国軟式野球大会優勝。常葉学園橘では2年夏に甲子園出場。亜大では1年秋からリーグ戦に登板。3年時に大学選手権出場。1メートル80、78キロ。左投げ左打ち。

続きを表示

2020年4月20日のニュース