【内田雅也の追球】「プロ」になるために――少年少女に伝える野球

[ 2020年2月3日 08:00 ]

<阪神キャンプ>野球教室で子どもたちと戯れる藤川(撮影・大森 寛明)
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 開講にあたり、阪神監督・矢野燿大は笑顔をうかべ「将来、タイガースに入ってくれる選手が出てくるのが楽しみです」と話した。沖縄・宜野座村野球場(かりゆしホテルズボールパーク宜野座)の記者席で、近くにいた福本豊(野球解説者)が「本当に何年か後に阪神入りしている子がいるかもしれんぞ」と漏らした。「この沖縄の子ら、レベル高いよ」

 阪神キャンプ最初の日曜日恒例の「少年少女 ふれあい野球教室」があった。宜野座村の5チーム、小中学生122人が参加して1時間以上、選手たちと交流した。

 左翼芝生の上で藤川球児は子どもたちと友だち同士のように戯れ、率先して球拾いしていた。右翼芝生の上では原口文仁は捕手の二塁送球のコツを教えていた。バックネット前では糸井嘉男はホームランの打ち方を見せていた。閉講式でオネルキ・ガルシアは子どもたちに混じって整列していた。必ず思い出に残る1時間だった。

 よく「他人に教えられてこそ本物」という。阪神2軍監督・平田勝男も野球教室に際し「子どもに分かるように教えられてこそ、本当の技術なんだ」と話していた。

 その点では福留孝介が宜野座中の選手たちを前に数分間、円陣の中で話した講義は本物だろう。丸刈りの選手たちは直立不動で聞き入っていた。しかも、その近くで新外国人ジャスティン・ボーアも直立し、前で手を組んで聴いていた。福留の声は聞こえなかったが、しぐさから「両肩のラインと平行に振る」「ボールの内側を見て、そこにバットを入れる」……といった話だろうか。

 「野球離れ」が叫ばれて久しい。憧れのプロ野球選手と少年少女との、こんな交流は本当に大切なことだ。「将来、プロに」「阪神に」……という言葉には夢はある。

 ただ、現実問題としてプロ野球選手になるのは「万が一」とは言わないが「千に一」ほどの可能性である。日本高校野球連盟(高野連)の資料によると、2019年度の硬式野球部員のうち、3年生は4万8804人だった。このうち、プロ野球でドラフト指名を受けた者は51人(支配下35人、育成16人)。957人に1人という割合だった。

 こんな時、藤川の言葉を思いだす。

 <野球だけやって、プロで活躍したからといって、それだけで優れた人間ということにはなりません>と、日本野球機構(NPB)・日本プロ野球選手会共同制作の小冊子『夢の向こうに……』(2008年)で語っていた。

 <世の中にはいろんな仕事があり、みんなプロとしてお金をもらっています。僕は野球選手より朝早く起きて会社に行く人の方が偉いと思っています>

 そう、どんな仕事もプロなのだ。プロ野球に進めない多くの野球少年、高校球児たちは社会に出て、仕事に就き、何かの「プロ」として生きていかねばならない。夢はもちろん大切だが、地道にいかに生きるかを問う姿勢が必要である。

 その点でやはり、野球は人生に通じていると思いたい。野球は失敗の多いスポーツとして、山あり谷ありの人生に似る。努力や誠実や闘魂や挫折や協同や……と野球で学んだ多くの心を「プロ」として生かしていってほしいと願う。野球教室の真の意味は――プロ野球選手も野球少年や少女にとっても――この人間性の醸出にあるのかもしれない。=敬称略=(編集委員)

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2020年2月3日のニュース