「正夢」にする力――阪神優勝へのカギ

[ 2019年1月7日 08:30 ]

成瀬國晴画集『夢は正夢〜阪神タイガースの20年』(たる出版)表紙
Photo By 提供写真

 【内田雅也の広角追球】星野仙一は「夢」という言葉が好きで、サイン色紙などによく書き添えていた。永眠してから1年。今ごろも泉下で、何か夢見ているのかもしれない。

 阪神監督として18年ぶりのリーグ優勝に導いた2003年秋に出した著書は、その名も『夢 命を懸けたV達成への647日』(角川書店)だった。「プロローグ」に「夢」が好きだと記したうえで書いていた。

 <むずかしい、不可能だと思われることに挑戦していくチャレンジ精神。二流の選手やったから、そうやって自分を鼓舞してきたんやね>。

 謙遜もあろうが、確かに、星野は中日での現役14年で通算146勝、34セーブと目を引く成績ではない。2017年1月に野球殿堂入りを果たしたのは「エキスパート部門」で、監督としての手腕も含めて評価されたものだ。監督通算17年で1181勝、中日、阪神、楽天で計4度の優勝に導いた。

 「プロローグ」の最後は、こう締められていた。<そしたらこの間、監督室に、タイガースファンで有名な書家の成瀬國晴さんから一幅贈っていただいて、開けたら「夢は正夢」って描いてあった>。

 成瀬が贈った書画は自身が出した画集『夢は正夢――阪神タイガースの20年』(たる出版)の表紙にも使われた。今見返せば、その書も、胴上げシーンのイラストも迫力に満ちている。

 書画にあるように、星野が持っていたのはつまり、「正夢」にする力だと言える。夢を描く力に優れ、さらに夢を夢のままで終わらせない、実現させる力が相当だった。

 どうも、阪神の優勝には「夢」がついてまわるようだ。1962(昭和37)年、2リーグ制となって初の優勝に導いた監督・藤本定義は夢で優勝を暗示されていた。

 62年2月1日発行の月刊誌『ベースボール・マガジン』(ベースボール・マガジン社)に<藤本監督がみた“阪神―東映”日本シリーズの夢>と題した「特別レポート」があった。

 61年の年末12月28日、藤本が担当記者を招いての忘年会が開かれた。杯を重ね、藤本が「きのうね、楽しい夢を見たんだ」と打ち明けたそうだ。

 「甲子園球場でうちと東映(現日本ハム)が選手権(日本シリーズ)を争う夢なんだ。ところがその結果がわからんうちに女房に起こされてね。(中略)おミズ(東映・水原茂監督)の緊張した顔が実に鮮明に出た夢だった」

 実際に同年の日本シリーズで阪神は東映と対戦する。藤本にとって水原茂は巨人監督時代の選手だった。

 記事に<この話題は、はっきりと藤本監督が優勝を意識していることを物語っている>とあった。夢を描いていたのだ。

 藤本は優勝への手応えをつかんでいた。61年6月6日、シーズン途中で金田正泰に代わりヘッドコーチから監督に就任。4位でシーズンを終えたが<後半のペースは、優勝ペースであった>と著書『覇者の謀略』(ベースボール・マガジン社)にある。藤本は選手たちによく言った。

 「おい、これが優勝ペースだ。ことしはもうしょうがないが、この味を忘れるな。来年もこれを持ちつづけていけば優勝できるのだ」

 自信を得た小山正明や村山実ら選手たちは62年が明けると「早く練習をやりましょう」とけしかけた。1月11日から甲子園球場で合同トレーニング、15日からは高知市でバッテリーキャンプを行った。

 <選手が非常に意欲的になった。みんなが意欲的になったときは、いい考えも出てくる。心の力も出てくる。心の力ができていないと、技術をほんとうに身につけることができない。また力も出てこない>

 松山商出身で「伊予のたぬき」と呼ばれた藤本である。暗示をかけるように、選手に自信を植え付け、やる気を引き出す術を心得ていた。

 それは星野も同じだった。長年しみついた負け癖を一掃し、「やればできる。大事なのはYOU、おまえや」と自信を植え付けた。「勝ちたいんや!」と鼓舞した。夢を描き、夢を正夢にかえたのである。

 今年、阪神は新監督・矢野燿大を迎え、初のシーズンに臨む。昨年の最下位から優勝を目指す。むろん簡単なことではない。

 問題はどう「夢」を描くか、どう「正夢」にかえるかではないか。

 矢野の愛読書に水野敬也『夢をかなえるゾウ』(飛鳥新社)がある。2007年刊行でベストセラーになった。平凡なサラリーマンが「神様」を名乗る謎の生物・ガネーシャの指南によって、自らの人生を変えていく物語だ。

 ガネーシャが与える課題は「靴を磨く」「コンビニでお釣りを募金する」「トイレ掃除をする」……などで地味なものばかり。ただし、いずれもイチロー、ジョン・ロックフェラー、松下幸之助……など著名人が行ってきたことだった。

 矢野が就任時に語った「超積極的」「諦めない」「誰かを喜ばせる」という姿勢はガネーシャの教えに通じている。「夢をかなえる」術なのかもしれない。=敬称略=  (編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや) 野球部員だった高校3年夏、新聞各紙支局からのアンケートで「座右の銘」に「夢を夢とするなかれ」と書いた。当時のプロ野球名鑑から中日・星野仙一投手の言葉を拝借したのだった。元日に甲子園素盞嗚(すさのお)神社で引いたおみくじは「末吉」だった。1963年2月、和歌山市生まれ。

続きを表示

この記事のフォト

2019年1月7日のニュース