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西武・岸 楽天へFA移籍決断 残留しない意思伝える

西武の岸

 海外フリーエージェント(FA)権の行使を宣言した西武の岸孝之投手(31)が、楽天移籍を決断したことが16日、分かった。西武は通算103勝を誇るエースの引き留めに4年契約を提示していたが、岸はこの日までに残留しない意思を伝えた。決め手となったのは、故郷・仙台に恩返しをしたいとの強い思い。楽天とは11日に初交渉を行い、星野仙一球団副会長(69)からも熱いラブコールを受けていた。早ければ18日にも「楽天・岸」が誕生する。

 2日にFA権の行使を表明してから2週間。悩みに悩んだ末、岸が野球人生で最大の決断を下した。関係者によると、プロ10年間で7度の2桁勝利をマークしている右腕に対しては、水面下で複数の球団から獲得に向けた動きがあったが、岸の中では当初から西武残留か、移籍するなら楽天の二者択一だった。その上で熟慮を重ね、既に西武の球団幹部には残留しない意思を伝えたという。

 岸の背中を押したのは、「地元愛」だった。生まれ育った仙台には愛着があり、以前から周囲には「いつかは地元でプレーしてみたい」と話していた。11日に都内で行われた楽天との初交渉では、4年契約の提示を受けた。出来高払いを含めると最大20億円にも上る大型契約で、さらに西武で背負い続けた背番号「11」も用意された。星野球団副会長からは「復興に向けて東北を元気にしよう」「もう一度、奇跡の扉を開いてほしい」などとラブコールを送られ、心が震えた。岸は「非常にいい評価をしていただいてありがたい」と感謝しながらも「それ(条件面)だけではないので」と語っていた。

 宮城県をはじめとする東北地方は、11年3月11日に発生した東日本大震災で甚大な被害を受けた。「今までもずっと(復興に対する)気持ちがあった」。地元球団でプレーすることで、道半ばでもある震災からの復興の一助になりたいという思いがさらに強くなった。

 楽天が新球団として産声を上げたのは、岸が東北学院大3年だった05年。翌06年の大学・社会人ドラフトの目玉として注目を集め、楽天からも誘いを受けた。だが「無名だった高校生の頃から見てくれていた」恩義を感じて希望枠で西武入団を決めた。あれから10年。自らを成長させてくれた西武への感謝の気持ちが強かったからこそ「シーズンが終わってから、ずっと悩んできた」。家族や知人にも相談し、地元に戻ることを決意した。

 西武の鈴木葉留彦球団本部長は16日夜に宮崎・南郷での秋季キャンプ視察を終え帰京。宣言残留を認めてくれた球団に対し、岸は17日に直接会って改めて移籍する意思を伝える。その上で楽天側に連絡を入れる。早ければ18日にも正式発表される運びだ。

 楽天は13年に日本一を達成して以降、3年連続でBクラス。星野副会長が「東北の星になってほしい」と話すように、岸には則本とともに先発陣の柱として大きな期待がかかる。故郷へ恩返しするために、岸は来季、クリムゾンレッドのユニホームに袖を通す。

 ◆岸 孝之(きし・たかゆき)1984年(昭59)12月4日、宮城県生まれの31歳。名取北から東北学院大へ進み、4年春に仙台六大学リーグ新の通算92奪三振。06年大学・社会人ドラフト希望枠で西武に入団し、1年目の07年に11勝。翌08年は12勝を挙げ、巨人との日本シリーズではMVPを獲得し日本一に貢献した。14年5月2日のロッテ戦(QVCマリン)で史上78人目のノーヒットノーランを達成。同年は13勝4敗で、自身初タイトルの最高勝率を受賞した。1メートル80、77キロ。右投げ右打ち。

 ≪楽天過去のFA移籍≫

 ☆中村紀洋(08年オフ) 中日からFA宣言。11月25日の初交渉では、野村克也監督が「高下在心(こうげざいじん)」と毛筆でしたためた色紙を渡され「枯れたヒマワリをもう一度、咲かせたいと思った」。同29日のファン感謝デー後に移籍を表明。背番号は中日時代と同じ99、2年総額3億円の契約だった。

 ☆今江敏晃(15年オフ) ロッテからFA宣言し、11月17日に初交渉。直接出馬した星野仙一球団副会長から「あまり頭を下げたことのない人間が下げた。チームを引っ張ってほしい」と口説かれた。球団は同27日に契約合意を発表。3年6億円で背番号8。12月7日に会見した今江は、トレードマークのひげをそり落とし「(ひげは)禁止なので。楽天の一員として認められるよう頑張る」と話した。 FA有資格選手

[ 2016年11月17日 05:30 ]

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