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【浜田剛史 我が道29】9割の一般の人が分かる解説 試合に熱中して質問を聞いてないことも…

[ 2026年1月30日 07:00 ]

ボクシング中継の放送席で村田諒太(左)と
Photo By スポニチ

 引退を決めた日の練習後、オレはリングに座って写真を撮っているんですよ。

 リングには、足の裏以外、着けちゃいけない。座る、イコール、ダウン。だから、現役中はリングに座ってインタビューを撮りたいと言われても、絶対に応じませんでした。

 誰が言い出したのか、何人かで、座って撮ろうよという話になって、オレは「ああ、そうしましょうか」と答えてました。

 今思えば、融通が利かなかったと思いますよ。再起戦をやってからでも、引退するかどうかを考える時間はある。でも、勝負師の引き際は、そうではないと思ったんですね。

 1988年(昭63)4月8日、オレは引退を発表しました。ファイティングポーズは、現役のボクサーしか、してはいけない。引退会見では、カメラマンの求めに応じて、最後のファイティングポーズもとりました。

 2カ月後、練習をしないから、体の調子が悪くなりましたね。ちょっと練習しようと、ジムに行きました。バンデージを巻かず、準備運動もせず、いきなりサンドバッグを打った。そうしたら、スピードがある踏み込みができたんですね。

 早まったな、とは思いましたね。もう、できなくていい踏み込みが、できた。そこから毎日、練習しましたが、できるんです。まだ2カ月。再起のチャンスはありましたが、もう大々的に発表してますから、撤回する気はありませんでした。終わったことだと。

 引退後とは、そういうものかもしれないですね。現役中はガンガン攻めるだけだったのに、パッとバックステップすれば、カウンターを打てると気づく。人を教えることで、人のよさを認めることもできた。それは、引退して分かりましたね。

 ただ、専属トレーナーになる気はなかった。もうボクシングは終わりという気持ちでした。引退翌月から日本テレビで解説の仕事も始めた。ファイティング原田さん、小林弘さんとオレ。原田さんと小林さんは、よく意見が食い違うので、アナウンサーがオレに振る。どっちも否定できないから困りましたね。

 試合に熱中して、アナウンサーの質問を聞いてないことも、よくありましたね。「浜田さん」って聞こえるけど、何を聞かれたのかなと。失敗しながら、だんだん学んで、今、解説で大事にしていることは、9割の一般の人が分かる解説をすれば、残り1割のボクシング関係者も分かるということ。とても大事なことだと思いますね。

 88年に複数の会社と顧問契約を結び、沖縄と東京を結ぶリゾート開発の仕事を始めました。宮古島や沖縄本島に、ホテルやゴルフ場を造る。東京と沖縄を往復する生活が続きましたね。91年には浜田産業を立ち上げ、今も健康食品のクロレラを販売しています。

 ◇浜田 剛史(はまだ・つよし)1960年(昭35)11月29日生まれ、沖縄県出身の65歳。沖縄水産高で高校総体王者。帝拳ジムからプロデビューし、84年12月に日本、85年7月に東洋太平洋のライト級王座を獲得。86年7月にレネ・アルレドンド(メキシコ)を衝撃的な初回KOで破り、WBC世界スーパーライト級王座を獲得した。戦績は24戦21勝19KO2敗1無効試合。現在は帝拳ジム代表。

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