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【浜田剛史 我が道25】世界王者の喜びより…舞う座布団を見ながら「次、負けたら大変だ」

[ 2026年1月26日 07:00 ]

世界王者になり拳を突き上げて歓声に応える
Photo By スポニチ

 アルレドンドに最初にダメージを与えた右フックが当たったのは、2分58秒です。その4秒前、2分54秒にアルレドンドの右フックに合わせた右フックは、かすっただけだったけど、タイミングが合っていたんですね。

 ロープに詰め、相手が打ち返してくるところを「同時、同時」とタイミングを計っていた。それが、合ってきたんです。アルレドンドは左だけじゃ止められないと思って、右も打ち始めた。左だけじゃなく右にも、同時に合わせるチャンスが出てきたんですね。

 アルレドンドの左は、モーションが少ないから合わせにくい。でも、右は少し大振りだった。「右が来る、右が来る、あ、当たらない」。それを何度か繰り返し、やっとタイミングが合ってきた。

 来る、来る、来た!

 2分58秒。右に完璧に合わせた右フックが、顎を捉えた。アルレドンドが、ガクンと両膝を落とす。彼の不運は、左腕がロープの外に出ていて脇が引っかかり、倒れ切らなかったことでしょうな。

 実は、試合前の控室で、レフェリーからこう言われてました。
 「立ったままのダウンはとらない。倒れるまで、ダウンはとらない。わたしが止めるまで打ってよろしい」

 ロープの反動で、アルレドンドは立ってきた。まだ倒れてない。倒れるまで打つ。左、右、右、左、右。最初の一発で、何もしなくても倒れたと思いますよ。でも、倒れてないから打つだけでした。

 アルレドンドは、目を開いたまま倒れていった。瞳孔が開いたというんですか、グッと開いた目が動かなかった。目の表情がない。意識は、なかったと思いますね。

 KOタイムは、初回3分9秒。ロープに引っかからず、ダウンから立っていたら、初回は終了。最初の右から1秒後にカウントが始まっていなければ、初回は終了。「ああ、3分9秒は3回目だな」と、思いましたね。

 国技館は座布団が舞い、いろんな人がリングになだれ込んで、大変なことになっていました。でもオレは「また試合をしなきゃ、練習をしなきゃいかん」と思いました。座布団を見ながら「次、負けたら大変だ」と。

 小学生からの夢だった世界王者。でも、左拳を4度も骨折して、それでもみんなに応援されて、オレの気持ちは変わった。期待されてるから、ケガしちゃいかん、勝たなきゃいかん、KOしなきゃいかんと。お客さんと一緒に喜ぶのは大事なことだと、今は思いますよ。でも、オレにはできなかったですね。

 ただ、左拳を折ったから、丸太ん棒みたいなパンチに耐えられる体をつくれた。捨てパンチだった右でも倒せるようになった。試合途中で、初回勝負に切り替えた。全部、運だったかもしれない。道のりは長かったけど、振り返れば、自分は運を持っていたのかな、と思いますね。

 ◇浜田 剛史(はまだ・つよし)1960年(昭35)11月29日生まれ、沖縄県出身の65歳。沖縄水産高で高校総体王者。帝拳ジムからプロデビューし、84年12月に日本、85年7月に東洋太平洋のライト級王座を獲得。86年7月にレネ・アルレドンド(メキシコ)を衝撃的な初回KOで破り、WBC世界スーパーライト級王座を獲得した。戦績は24戦21勝19KO2敗1無効試合。現在は帝拳ジム代表。

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