東京ドーム 長嶋茂雄さんを長文追悼「数々の名場面を生んでいただいたことは誇り高く感謝の念」

[ 2025年6月3日 17:02 ]

巨人の長嶋茂雄終身名誉監督
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 プロ野球の巨人の三塁手として活躍し、引退後は巨人の監督を2期15年にわたって務めた巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄(ながしま・しげお)さんが3日午前6時39分、都内の病院で肺炎のため死去したと読売新聞グループ本社、読売巨人軍などが発表した。89歳だった。葬儀・告別式は近親者のみで執り行う。喪主は次女・三奈(みな)氏。後日、お別れの会を開くという。読売巨人軍の本拠地である「東京ドーム」を運営する「株式会社東京ドーム」が3日、公式X(旧ツイッター)を更新し、長嶋さんを追悼した。

 「長嶋茂雄氏のご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げますとともに、衷心より哀悼の誠を捧げます」とつづり、長文の文書を掲載した。

 「長嶋茂雄 巨人軍終身名誉監督の訃報に際して」とし、「長嶋茂雄氏のご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げますとともに、衷心より哀悼の誠を捧げます」と追悼。「野球界の至宝である長嶋氏は、東京ドームおよびその前身である後楽園スタジアムにおいて、まさに“ミスタープロ野球”として数々の伝説を築かれたことは、過去にも現在にもおいても広く知れ渡っています」と称えた。

 「1958年プロデビュー戦でのフルスイング、また、1959年の天覧試合でのサヨナラホームランは、後楽園スタジアムの歴史に深く刻まれた名場面であり、日本中に勇気と感動を与えました。王貞治氏とともにON砲としてV9時代を牽引された姿は、今も多くの人々の心に戦名に焼き付いています」と選手としての長嶋さんの功績をつづった。

 さらに、「監督としても巨人軍をリーグ優勝や日本一に導き、特に2000年の日本シリーズ、巨人対ダイエー(当時)の“ON対決”は、野球ファンならずとも日本中の注目を集め、東京ドームの歴史に燦然と輝く名勝負でした」と監督時代を振り返った。

 長嶋氏の人柄にも言及。「長嶋氏には、後楽園スタジアムに隣接する後楽園飯店で“フカヒレの姿煮入り汁そば”を召し上がる習慣がございました」と明かし、「現役引退後も、その味を懐かしんで度々足を運ばれ、私たち従業員にも気さくに声をかけてくださったことが思い出されます。長嶋氏の素顔のお人柄が伝わるエピソードとして、当社でも語り継がれています」とした。

 「現在、東京ドーム22ゲート3塁側の長嶋ゲートは、1塁側の王ゲートとともに東京ドーム正面の両脇で来場者をお迎えします」とし、「長嶋ゲートは1981年後楽園スタジアム時代から命名され、1997年に東京ドーム開場10周年記念として復活、2014年に壁面のリレーフとアーチ上部のブロンズ像からなる現在の姿にリニューアルされました。このゲートを通るたびに多くのファンが長嶋氏の偉大さに思いを馳せ、氏の功績を永く顕彰するシンボルとなっています」と明かした。

 球界のレジェントに「2013年には国民栄誉賞、2021年にはプロ野球界初の文化勲章を受章されるなど、その功績は野球界にとどまらず、日本社会全体に多大な影響を与えました」と敬意。「長嶋氏が後楽園スタジアムおよび東京ドームにおいて数々の名場面を生んでいただいたことは、私たちにとっても誇り高いことであり、感謝の念に堪えません。その偉大な功績は、後世へ脈々と受け継がれ、今後のスポーツ界に一層の繁栄をもたらすに違いないと強く信じております」と記した。

 「不出世の野球人である故人への限りない尊敬と感謝の念を表するとともに、心よりご冥福をお祈りいたします」と結んだ。

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