【センバツ】柳ケ浦4番・宮城 「興南旋風」巻き起こした祖父の兄に勇姿見せた 35年ぶり勝利には届かず

[ 2025年3月19日 06:00 ]

第97回選抜高校野球大会第1日 1回戦   柳ケ浦2ー3二松学舎大付 ( 2025年3月18日    甲子園 )

<二松学舎大付・柳ケ浦>試合に敗れ、肩を落とす柳ケ浦ナイン(撮影・五島 佑一郎)
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 開幕し、1回戦3試合が行われた。開幕戦に登場した柳ケ浦(大分)は二松学舎大付(東京)に2―3で惜しくも敗れ、35年ぶりの選抜勝利を挙げることはできなかった。

 あと一歩、届かなかった。柳ケ浦は2点を追う9回に1点差まで詰め寄るも35年ぶりの選抜1勝はならなかった。4番・宮城介(2年)は「とても悔しい…」と無念の表情を浮かべた。

 開幕戦で一番星をつかめなかったが、宮城は主軸として意地を見せた。0―1の5回先頭でチーム初安打の左前打。二松学舎大付の先発・河内に4回まで完全投球されていた嫌な流れを止め、この回は相手の失策もあって同点とした。「流れを持ってこられたことは良かった」。1―3の8回には1死一、二塁で遊ゴロ併殺に倒れたが、一塁に頭から滑り込む気迫のこもったプレーを披露。昨秋の公式戦で6試合に登板した投手としての出番はなかったが、甲子園で力を出し切った。

 沖縄生まれの宮城は子供の頃、ある映像を夢中になって見て育った。祖父の兄・光洋さんが興南の選手として68年夏の甲子園に出場。ベスト4まで勝ち上がって「興南旋風」と呼ばれた。当時、沖縄は米国の統治下。那覇から船と寝台列車で乗り込んだ甲子園でナインは躍動した。光洋さんから野球を始めた頃から言われてきた「思い切り振って帰ってこい」の教えを聖地で体現した。

 「県外の高いレベルでプレーしたい」と大分で野球留学する道を選んだ宮城。憧れだったグラウンドでプレーし、「甲子園は最高な場所。夏はしっかり1勝したい」と思いを強くした。夏にまた戻って来て、次こそは“柳ケ浦旋風”を聖地に吹かせる。(杉浦 友樹)

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