トップアスリートから見た国体の意義とは――飯塚翔太が語る地方と地元とのつながり
本来であれば10月3日の開幕から折り返しを迎え、大いに盛り上がりを見せている時期だった。新型コロナウイルスの影響で6月に年内開催を断念した鹿児島国体は、史上初の延期決定から約3カ月半が経った10月8日、23年開催が正式に決定。数年先まで開催県が内定している全国持ち回り方式のため交渉は難航したが、ようやく落としどころを見つけた。
全国高校総体(インターハイ)や全国中学体育大会(全中)といった世代別の主要大会と比べると、競技によっては影の薄い大会かもしれない。ただ、学生時代に鹿児島で陸上競技をしていた記者の耳には数年前から国体に向けた強化の話が入っていたし、自県大会を目標に努力していた後輩たちの存在もあって動向は気にかかっていた。そんな私情も相まって、国体の存在意義を改めて確認したくなった。中高生にとっては当然、全国1位の座と記録を狙う大会の一つだが、トップアスリートの視点ではどう変わるのか。
「国体は各都道府県で1年ごとに(開催地が)変わるので、来ているお客さんに楽しんでいただいたり、お客さんに向けて発信したりすることをメインとして出場していますね」
答えてくれたのはリオデジャネイロ五輪陸上男子400メートルリレー銀メダリストの飯塚翔太(ミズノ)だ。世界中が注目した快挙達成後も、調整が難しい10月開催の国体に出場し続けている飯塚は自身の中での変化をこう語る。「学生の時は優勝や記録更新にモチベーションがあったんですけど。リオ五輪が終わってから、最近はお客さんも増え始めて、応援に来られない地方の人のために少しの機会を大事にしたいと思うようになりました」。ファンとの交流、裾野を広げる場。各地でサインや写真撮影に快く応じる姿の裏には、そんな真意があった。
「国体を通じて育ててもらった」地元・静岡への恩返しの思いもある。県ごとに競う国体は、少年種目の中学生から大学生以上の成年種目まで幅広い年齢の選手が行動をともにする。大会期間中だけでなく、数カ月前から強化合宿を行う県も多い。世代の垣根を越えたコミュニケーションの中に、成長のヒントが隠れていることは身をもって知っている。「自分のためというよりも県を盛り上げるために出ます。中高生と一緒に泊まって練習したり、ご飯を食べたりするのは国体だけ。そこでの刺激は僕でもすごく受ける。当時、高校生だった僕が成年の方と喋ることで刺激をもらったように、中高生のレベルを上げる目的もあります」。地方と地元とのつながり。世界で戦うトップ選手となった今も「ずっと出続けたい」という不変の価値が、その言葉に集約されていた。
国体は開催県の総合優勝に並々ならぬ力を注ぐ。他県の選手を雇用して地元選手として出場させる是非はともかく、年単位の強化で県全体のレベルが上がることは間違いない。今年の陸上日本選手権の女子200メートルを日本歴代3位の好記録で制した鶴田玲美(南九州ファミリーマート)も、国体に向けて今春から地元・鹿児島に拠点を戻していた。急成長の背景には、自県開催の国体の影響も少なからずあったのではないかと思う。
23年開催の決定に安堵(あんど)ばかりはしていられない。3年後となると、特に年齢に制限がかかる中高生の少年の部では、種目によって出場できずに涙をのむ選手もいるだろう。来夏に延期された東京五輪・パラリンピックはコロナ克服を大義とするが、鹿児島県にとっては23年が終わるまでコロナによる悔しさは晴れない。3年後の秋、1972年以来2度目の鹿児島国体が華々しく閉幕していることを願う。(記者コラム・鳥原 有華)
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