山梨学院大の駅伝を支えた「鍋奉行」“プルシアンブルー”復活へのバックアップ期待
平成の時代が始まると同時に大学駅伝界に颯爽と登場した山梨学院大。1985年に監督に就任し、ほぼゼロからスタートした地方私大を率いて3度の箱根駅伝総合優勝を果たした名将・上田誠仁監督(60)が平成の終わりと時を同じくしてタクトを次代に渡した。20年間チームを支えてきた飯島理彰コーチ(47)を“駅伝監督”に据え、上田監督自身は陸上部の監督としてチームのバックアップに回る考えだという。
山梨という周囲を山に囲まれた場所から県外に打って出る。その姿は県出身者にとっては戦国大名・武田信玄のような英雄に姿を重ねていたと言っても過言ではないはず。県出身の記者が、心にうつりゆくプルシアンブルーの思い出をそこはかとなく書き付けていこうと思う。
前述の通り、記者は山梨学院大のある甲府市出身。大学進学を機に山梨を離れたが、小中学生のころの正月といえば山梨学院大が箱根駅伝で優勝争いをしている様子をこたつで観戦しているのが毎年の恒例行事だった。92年に初優勝。93年は早大に優勝を譲ったが、94、95年と連覇するなど“プルシアンブルー旋風”を巻き起こしていた。
箱根駅伝は地元の山梨学院大が出ているから何となく見ていた程度だった。強い時代から大学駅伝を見始めたものだから、毎年山梨学院大がトップ争いをしていないと「今年は全然駄目じゃん」というような会話を家族で普通にしていたくらいだった。そのくらい当時は強かったし、山梨という東京の西隣にあるから地政学上は首都圏だけど地理的には中部という片田舎で悶々とした日々を過ごした少年にとって、地方私大が東京の有名大学を豪快に抜いていく様子は実に壮快だった。
記者は部活ではサッカーに打ち込んでいた。ACミラン全盛期だったので「ロッソネロ(赤黒)」に染まっていた。少年サッカーチームのユニホームもミランを真似た。その頃のヒーローはバレージやフリット、ファン・バステン、ライカールトだった。でも、山梨学院大陸上部が着用していたプルシアンブルーのユニホームや同色のジャージーはサッカー少年にとっても別格。留学生ランナーも格好良かった。
留学生に大学駅伝の門戸を開いたのも上田監督が最初だった。今でこそ留学生ランナーは各大学に在籍しているが、当時は色々と批判めいた言葉もあったと記憶している。でも、強くて速い留学生ランナーは単純に格好良かった。サッカーの練習などで甲府市内にある小瀬スポーツ公園に行けば06年に交通事故でなくなったジョセフ・オツオリさん(享年37歳)やケネディ・イセナが普通にランニングしていた。「おー、オツオリじゃん!はえー」などと子どもたちは留学生の走りに感動していたものだ。オツオリさんも間の抜けた歓声を上げた少年たちに手を振ってくれた。
大学駅伝とは全く縁の無い大学に進学したことで、そこまで熱中はしなくなったが、それでも正月はプルシアンブルーの順位が気になった。何の因果か、記者という仕事に就き、上田監督を取材する機会にも恵まれた。取材するたび、上田監督の語彙の豊富さや見識の広さにはいつも勉強させられた。
特に面白かったのが上田監督の「鍋トーク」だ。例年、箱絵駅伝前には合同取材会というメディア取材日が各大学で設けられている。山梨学院大では写真撮影と選手取材に時間が分けられていて、午前は練習場での写真撮影がメーン。手持ちぶさたな様子の監督と雑談めいた取材が始まる。その中で毎年恒例なのがチームを「鍋」に例える上田節だ。
ある年は「寄せ鍋」と言ったり、またある年は「寄せ鍋ほどあっさりしておらず、ほどよくコクのある“豆乳鍋”かな」と表現していた。
18年ジャカルタアジア大会男子マラソン金メダルの井上大仁(26=MHPS)が4年生で迎えた15年の箱根駅伝は鍋予想が当たった年だった。前回大会で2区エノック・オムワンバが途中棄権したショックを乗り越えようとチームが燃えていた。特に4年生は50秒差でシード権を逃した12年大会の悔しさ、前回途中棄権した苦い記憶を鮮明に覚えている世代だった。上田監督はそんな4年が主力になったチームを「ハイパー寄せ鍋」と言った。
「単なる寄せ鍋ではないんです。充実した選手たちがしっかりした鍋に支えられています。そして何より強い意志という“着火剤”もあります」
しかし、その年はオムワンバが直前に故障が発覚して出場を回避するというアクシデントに見舞われた。チームは日本人選手だけでシード権を獲得するという戦いに臨んだ。往路は13位で終えたが、そこからハイパーな力を発揮。復路順位は5位と後半に力を見せて、総合9位でミッションコンプリート。上田監督に「ハイパー寄せ鍋」と言わせたチームはここ数年で最も地力があったように思うし、言い得て妙だなとあらためて思った。
上田監督が飯島駅伝監督にバトンタッチすることは2月7日にSNSで発表された。チームの引き継ぎ式で発表することも考えていたが、現代らしくSNSで発表したという。
「勇退ではないです。いわゆる総監督という立場でもない。そういうカテゴライズはしません。山梨学院大は強力なOB組織もないので、みんなでやらないといけないんです。飯島駅伝監督には現場をしっかり見てもらう。その分、自分がサポートします」
3月には還暦パーティーも予定されているが、赤いちゃんちゃんこを着て老け込むにはまだ早い。新体制で鍛え上げたチームを今度はどんな鍋に例えるのか。最近は鍋が生煮えで少し残念な仕上がりになってしまっているが「鍋奉行」の今後の仕事に引き続き注目していきたい。(記者コラム・河西 崇)
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