大西将太郎氏、五郎丸の挑戦称える「世界のトップ選手が日本を意識」
スポニチ本紙評論家で元日本代表の司令塔・大西将太郎氏(38)が、テレビ番組企画でフランス1部リーグ、トゥーロンのFB五郎丸歩(30)と対談を行った。実際に見たトゥーロンの街、五郎丸との対談の印象などを語った。
フランスへ行ったのは2007年のワールドカップ(W杯)以来だ。それまで僕が行ったことのあるフランスは、エリサルド時代の日本代表の合宿でも、W杯でも南仏ばかり。パリに行ったのは初めて。到着した日はエッフェル塔から凱旋門、ルーブル美術館と有名な建物を見て歩いたりと昔から憧れていたパリを初めて味わうことができた。試合の緊張感から解放されての海外滞在は新鮮。フランスは、何でもないものが美味しい。ホテルの朝食で普通に出てくるクロワッサンが凄く美味しかった。
2日目はトゥーロンへ向かった。飛行機の窓から地中海を眺めていると、宮崎や沖縄みたいな感じがしてくる。パリでの生活をリタイアしてこの辺りに住む人が多いというのが分かる気がした。
空港からホテルに直行して、すぐにスタッド・マヨルに向かう。この日、トゥーロンの試合開始は午後8時45分。キックオフ時間が遅い分、スタジアムの周りのレストランやバーで、試合前に飲んで食べて盛り上がっている。そして、トゥーロンのチームバスが到着すると、花道を作って「アレ!アレ!(頑張れ!)」と叫びながら迎え入れる。“自分たちの街の代表チームを応援するんだ!”という熱が伝わってきた。
僕も07年W杯のときに、白バイが先導してホテルからスタジアムへ向かったことを思い出した。ゴロー(五郎丸)も「トゥーロンでは毎週W杯のような雰囲気だ」と言っていた。パリのような大都市ではない、地方の街ならではの良さがすごくあるのだなと思う。この日も1万6000人ほど入るスタジアムがほぼ満員だった。夜遅いキックオフにもかかわらず、子どもたちがたくさんいるのが印象的。子どもたちも、親や大人に連れられてきたというよりも、自分から応援しに来たという雰囲気を発していた。
僕が見た試合はトゥーロンとリヨンの一戦だった。残念ながらゴローはメンバーから外れていたが、僕は生で観戦するフランス1部リーグの試合に魅了された。スタジアムで試合を見る良さは、会場の雰囲気がダイレクトで分かること、テレビカメラが映さない場所で選手が何をしているか、チームにどうコミットしているかが分かることだ。僕が感心したのはSO(スタンドオフ)のマット・ギタウ。試合前のウオーミングアップや試合後の振る舞い、試合中の身ぶり手ぶりも含め、彼の存在感やコミュニケーション能力がチームに落ち着きを与えていることがよく分かった。観客も彼を信頼しているのがよく分かった。
そしてWTB(ウイング)のブライアン・ハバナ。テレビではボールを持つ場面、トライを決める場面が印象的だが、実はボールを持っていないときの仕事量が凄い。カバーディフェンスに走って、キックをチェイスして、FB(フルバック)をカバーするポジショニングをとって相手のオプションを減らす。実際にコンタクトする「仕事」は少なくても、試合時間を通じて地味で献身的なプレーを重ねている。だからこそ、チームメートは彼を信頼して、良いボールを回す。そんな積み重ねがあって初めて大畑大介さんのテストマッチ通算記録にあと「2」と迫るところまでトライを重ねることができたのだろう。
試合は31―17でトゥーロンが勝った。試合後はミックスゾーンでヘッドコーチや選手の話を聞き、旧知の選手たちとあいさつ、握手、ハグを交わした。日本代表のスクラムコーチだったマルク・ダルマゾ、去年スーパーラグビーのレッズに勉強に行ったときに面識のあったリアム・ギル、近鉄時代にチームメートだったリコ・ギアの弟のホゼア・ギア、NTTコムでプレーしていたトゥイランギ…。いろんな選手が、向こうから僕を見つけてくれたことに感激した。ギタウも向こうから「コンニチワ!」と話し掛けてくれた。これまで面識のなかったハバナやゴルゴゼまでもだ。五郎丸がトゥーロンでプレーしていることで、これだけの世界のトップ選手が日本を意識してくれるようになった。日本ラグビーの存在感が上がったのだ。そのことに、改めて五郎丸の挑戦の価値を思い知った。ただ、マア・ノヌーだけは違う出口から先に出てしまったらしく話せなかった。トップリーグで対戦したとき髪の毛を引っ張ったことを今も怒ってるのかな?(笑い)
試合が終わり、取材が終わるともう深夜0時を過ぎていた。トゥーロンは小さい街なので一杯飲むような店ももう開いていない。ホテルに戻って寝るだけだ。だが、そんなトゥーロンの街が、実は選手にはとても魅力なんだろう。そう思ったのは翌日、市内をロケで歩いたときだ。トゥーロンは山が海に迫り素晴らしい自然に囲まれている。気候が良く、街の規模も小さい。磐田に似たところもあって、ゴローが気に入る理由が分かった気がした。建物も、古いものと新しいものが共存していて、街全体に落ち着きがある。世界のトップ選手がこぞってトゥーロンに行くのは、凄く居心地の良い街のクラブというのも大きな理由だろう。
その翌日は港に面したホテルの部屋で、ゴローのインタビューだった。はじめのうちはゴローもぎこちなかった。会ったのも久しぶりだったし、僕自身、カメラが回っている中でインタビューした経験は多くないので、緊張が伝わってしまったのかもしれない。だけど、ゴローはいつものように落ち着いて、ゆっくり話してくれたので、お互いの緊張感はすぐにほぐれて、気がつくと昔と変わらない感じで話し込んでいた。
インタビュー前は正直不安だった。ゴローは現状、試合にほとんど出られていない。その状態で、自分のことをどれだけ話してくれるだろうか。だけどゴローは驚くほど率直に自分の心境を話してくれた。全てを出し切ったW杯のあとの物語は共感できた。僕も同じキッカーだったし、どちらも大学生のときに初キャップを得たけれど、W杯には縁が遠く、初めてW杯に出たのは僕が28歳、ゴローは29歳だった。どれだけの思いで大会に臨んだか、そのあとのメンタルも含めた疲労感がどれだけあったか。W杯での成績とフィーバーぶりを考えたら、ゴローのそれは僕の想像を越えていただろう。
インタビューで特に印象に残ったのは、僕が質問した「キッカーへのこだわり」の部分だった。これまでトゥーロンでは試合に出場してもキッカーを任されたことが一度もない。そこを質問したが「蹴らないでいいのなら、蹴らない方が楽でいいですよ」とあっさり返答したことだ。キッカーの重圧と責任の重さを誰よりも知っているからこその言葉かなとも思ったが、付け加えて「キックのプレッシャーがなければ、その他のプレーに集中して成長することができますから」とコメント。そうだな、と納得した。ゴローにとってはキッカーとして成長するための海外移籍ではなく、一人のラガーマンとして、一人の人間として成長するための挑戦なのだと思う。
インタビューの予定時間はあっという間に過ぎた。最後に僕らはカメラもマイクも回っていないベランダに出て、ざっくばらんに話をした。ここでは書けない話もたくさん聞いたし、僕からも話した。ゴローはとてもリラックスした表情をしていた。僕にとって幸せな時間だったのはもちろんだが、ひとりで異国で戦っているゴローにとっても、リフレッシュになったかもしれない。
インタビューを終えると数時間後には空港に向かった。その日のうちにパリに入り、翌日ひとつ取材をして、夜の帰国便に乗った。慌ただしい日程だったが、僕にとっては充実した時間だった。
現役を引退してちょうど1年。コーチング、解説の仕事、普及の仕事など、目の前のことを一つ一つ頑張ってきた。それは全然間違っていないと思うけれど、世界でどんなことが起きていて、誰がどんなことをしているのか、視野を広く持つことをついつい忘れていた気がする。そんなとき、世界に出て、厳しい環境でチャレンジしているゴローの姿に触れることができたのは幸せだった。最高の刺激を与えてくれたゴローに心から感謝している。(元日本代表)
大西氏と五郎丸の対談はWOWOWライブ「貫道 五郎丸歩 〜フランスTOP14挑戦の理由、そして日本ラグビーの未来へ〜」(11日深夜3・15〜、31日午後3・30〜)内で放送。
◆大西 将太郎(おおにし・しょうたろう)1978年(昭53)11月18日、大阪府出身。SO、CTB。小学3年から布施ラグビースクールで競技を始め、啓光学園(現・常翔啓光学園)から同大へ。ワールド、ヤマハ発動機、近鉄、豊田自動織機でプレーした。日本代表33キャップ。07年ワールドカップ1次リーグ・カナダ戦で試合終了間際に劇的な同点ゴールを決めた。16年に引退し、母校・同大のバックスコーチに就任。11年ぶりの全国大学選手権4強に貢献した。
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