朝ドラ「舞いあがれ！」　スピンオフ作品に込められたもの

「歌をなくした夏」に出演する川島潤哉、八木莉可子、毎田暖乃ら（C）NHK
Photo By 提供写真

　【牧　元一の孤人焦点】NHK連続テレビ小説「舞いあがれ！」（昨年10月から今年3月まで放送）のスピンオフ・ラジオドラマ「歌をなくした夏」（8月26日後10・00、FM・全国放送）を演出した熊野律時氏が取材に応じ、制作の経緯や作品への思いを明かした。

　「舞いあがれ！」最終回から約5カ月。脚本は本編と同じ桑原亮子さんが手がけた。

　「桑原さんから『ぜひ秋月史子とリュー北條の話の続きをラジオドラマでやりたい』という話がありました。桑原さんは本編の脚本を書き終えた後、ドラマ関連の歌集を作るために史子とリューの短歌を作っていたこともあって、二人のその後について書きたいという思いがふくらんだようです」

　本編で歌人の卵・秋月史子と編集者・リュー北條を演じたのは八木莉可子（22）と川島潤哉（44）。元々、八木が本編に出演したのも、桑原さんが脚本を書いたラジオドラマ「君を探す夏」（2020年）に主演していたことがきっかけだった。

　「八木さんは声の魅力があります。艶と響きのある独特の声をお持ちで、さりげないナチュラルな芝居で、史子の心情をじわっとにじませてくれます。映像でももちろん魅力的な人ですが、ラジオドラマの声でも魅力を出してくれました。演出していて素敵だなと思いました」

　本編で史子とリューは主人公・舞（福原遥）と幼なじみ・貴司（赤楚衛二）の関係性を一気に進展させる役割を果たした。今回のスピンオフで描かれるのはその頃から2年後の話。史子はコンビニと喫茶店でアルバイトをしながら第一歌集の出版を目指していたが、短歌を作れなくなって悩んでいる。

　そんな時に出会うのが不思議な少女。演じたのは連続テレビ小説「おちょやん」（2020年）でヒロイン（杉咲花）の幼少期を演じた毎田暖乃（11）だ。

　「毎田さんのことは『おちょやん』のオーディションの頃から知っていて、終戦ドラマ『しかたなかったと言ってはいかんのです』（2021年）にも出てもらい、ぜひまた一緒に仕事をしたいと思っていました。毎田さんはラジオドラマは初めてでしたが、私が『遠慮しないで思い切りやってください』と言うと『分かりました。やり散らかします』なんて面白いことを言って、元気にやってくれました。最初はつかみどころのない少女の変化を見事に表現してくれて、相変わらず素晴らしい役者さんだと思いました」

　熊野氏は本編では「制作統括」というチーフプロデューサーの立場だったが、今回は約5年ぶりに演出を手がけた。

　「『舞いあがれ！』チームはそれぞれ別のドラマの制作に移りましたが、この作品の世界観をよく知っている人間が演出すべきだと思いました。心がけたのは、桑原さんが書いたセリフをみなさんにしっかり聴いていただくことです。桑原さんは元々、ラジオから脚本家のキャリアをスタートしたので、ラジオドラマへの思い入れが強く、言葉のひとつひとつにこだわりがあります。音楽を少なめにして、できるだけシンプルに、史子と少女、史子とリューの繊細な会話、面白い会話を味わっていただけるようにしました。テレビドラマの登場人物の声をラジオで聞くと不思議な感覚になると思いますし、ラジオドラマで登場人物の顔がぱっと思い浮かぶという体験もなかなかないでしょう」

　物語の最後は桑原さんが考えた史子の短歌で締めくくられる。このドラマの聴きどころのひとつだ。

　「最後の短歌は台本には書かれていなくて、収録当日に桑原さんがスタジオに来て発表しました。桑原さんは、本編の最終回で舞が自分たちで作った翼で空を飛んでいくところと重ね合わせながら作ったそうです。八木さんも川島さんも感激していました」

　最終回で描かれた時代は2027年。実用化した空飛ぶクルマで五島上空を飛行する舞が「間もなく一つ目の目的地に到着します」とアナウンスして物語は終わった。「一つ目の目的地」というセリフには、舞の人生にはこれからまだまだ波瀾万丈があるという示唆が含まれているようだった。

　今回のように「FMシアター」枠で朝ドラのスピンオフが放送されるのは初めて。このラジオドラマの放送後、さらなるスピンオフや続編の制作を期待する声が高まる可能性もある。

　「そういうお声をたくさんいただいて、そういう方向に行けば私としてはうれしいですが、今は明確に話せることが何もありません。まずはこのラジオドラマを聴いていただいて感想をNHKにお寄せいただければと思います」

　ドラマを一足早く試聴したが、「舞いあがれ！」の世界観を懐かしく思いつつ、やはり、舞のその後の物語への渇望を覚えた。

　◆牧　元一（まき・もとかず）　編集局総合コンテンツ部専門委員。テレビやラジオ、映画、音楽などを担当。