【内田雅也の追球】スター候補の務め 9回フル出場の阪神・佐藤輝が受け継ぐ魂

[ 2022年2月13日 08:00 ]

<練習試合 神・楽> 9回1死、佐藤輝は中前打を放つ(撮影・大森 寛明)
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 朝の日課にしている沖縄・宜野座村での散歩中、ホーホケキョとウグイスの鳴き声が聞こえた。季節は七十二候の「黄鶯ケン(目へんに見)カン(目へんに完)」(うぐいすなく)。沖縄は暦に合っているのかもしれない。

 宜野座村野球場ではウグイス嬢が場内アナウンスしていた。楽天との練習試合の前、3度にわたり「申し合わせにより、得点経過にかかわらず、9回裏を行います」。

 だからだろうか。1―0と阪神リードの9回裏を迎えても席を立つ観客はほとんどいなかった。まだ理由がある。9回裏は3番から。4番の佐藤輝明に回ってくるのだ。

 田淵幸一(本紙評論家)から何度も聞いた。「甲子園で、たとえ大差でリードされていても9回裏までお客さんを帰さない。そんな夢を持たせる打者が出てきてほしい」

 阪神での現役時代の田淵はそんな打者だった。たとえチームは敗れようとも、田淵の一発さえ見られればファンは満足だった。そしてまた、関西のスポーツ紙は田淵で1面を飾って読ませた。

 明石家さんま主演の舞台『PRESS』(2012年)は昭和40~50年代、関西のスポーツ新聞社が題材となっている。特だね競争の合間に人情劇が混じり合う。

 依頼を受け、そのパンフレットに当時のスポーツ紙事情を書いた。先輩に聞いた話だ。試合後、本塁打を放った田淵の談話は「シュート」だけで番記者は1面メイン、当時15字×100行を書いた。内容は引っ越しあり、喫茶店あり……とエピソードで読ませた。

 前置きが長くなりすぎた。この日の練習試合、佐藤輝は最初から最後まで試合に出た。唯一の練習試合3試合でフル出場である。9回裏は149キロ速球を中堅左にライナーで運んだ。3本目の安打に場内は沸き返った。

 さらに、試合後も半数の観客は居残った。佐藤輝の特打が予定されていたからだ。佐藤輝は今やそんな存在なのだ。

 かつてのON(王貞治、長嶋茂雄)もオープン戦を必ずフル出場した。城島健司はダイエー時代、監督の王から「オープン戦でもファンはおまえの1打席を楽しみに見に来ている。今日が最後の人がいるかもしれない」と言われたそうだ。

 阪神では田淵も掛布雅之もオープン戦をフル出場した。スター候補生に科せられた使命なのだ。

 ウグイス嬢の「4番、サード……」の響きは心地よく、昔の長嶋茂雄を思わせた。=敬称略=(編集委員)

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2022年2月13日のニュース