【内田雅也の追球】頭脳派左腕攻略へ、阪神の「冷静」が見えた「反対方向」 「全員」で最下位脱出

[ 2020年7月15日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神6-3ヤクルト ( 2020年7月14日    甲子園 )

<神・ヤ(4)> 4回1死満塁、2点適時二塁打を放つ梅野 (撮影・後藤 大輝)
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 戦争で父親を失った少年の枕元にあの世にいるはずの「球聖」ベーブ・ルースが現れる。スポーツ記者から小説家に転身したポール・ギャリコの短編『聖バンビーノ』=『ゴールデン・ピープル』(王国社)所収=である。「バンビーノ」はルースのニックネームだ。

 少年に「野球をする男になるんだ」と説く。「それは、ありとあらゆるものを必要とする。体調、協調、スピード、科学、ノウハウ、闘志、それから根性。根性がないと、野球はできない」

 「ありとあらゆるもの」のなかで、冷静な頭脳も不可欠である。阪神打撃コーチ・井上一樹は貧打に悩んでいたころ、特に好機で打つためには「熱き心に加え、頭は冷静にならないといけない」と話していた。

 打撃人はよく使う言葉である。元阪神監督の和田豊も「頭を整理して打席に向かう」という意味でよく使っていた。

 元は経済学者アルフレッド・マーシャルの「クール・ヘッド、バット、ウォーム・ハート」である。ケンブリッジ大学の学生に「経済学を学ぶには冷静な頭脳に加え、人びとを豊かにしたいという温かい心が必要だ」と説いた。高校時代、政経の授業で聞いた教師の言葉を覚えている。

 だが、阪神の打者たちは「心は熱く、頭も熱く」なっていた。走者を還そうと躍起になって力んだり、考え過ぎて迷ったり、結果が出ずに焦ったり……を繰り返していた。

 この夜はこの「頭は冷静に」ができていた。ヤクルト先発の頭脳派左腕、石川雅規に対し、好機に「反対方向へ打つ」と強引さを戒めて臨んでいた。

 0―2の4回裏、1死満塁での梅野隆太郎は初球シュートを右翼線に同点二塁打した。3―3同点とされた直後の5回裏、無死一、三塁では糸井嘉男がカッターを左前適時打して勝ち越した。

 冷静に「反対方向へ」と狙い打った姿勢もまた野球に必要な要素だ。

 ギャリコは1920―30年代、タブロイド紙ニューヨーク・デイリーニューズのスポーツ記者だった。ルー・ゲーリッグを描いた野球映画の古典『打撃王』の原作小説も書いている。15日はそんなギャリコの命日である。1976年、78歳で没した。

 先の物語では、さらにルースが野球の美点を伝えようとする。「なぜ何千万もの男と女が野球を愛していると思うかね? 一晩かかって、そのわけを話してやってもいいよ。ゲームなのだ。それは人生みたいなものさ。チーム・ゲーム。つまりみんなでやる競技だ」

 梅野、糸井だけでなく全員で石川攻略に向かっていた。先発野手で1人無安打の大山悠輔に試合後、井上が声をかける光景が見られた。4番打者の大山も反対方向への意識が見られる打撃をしていた。

 守備も書いておきたい。1点勝ち越し直後の無死一塁を切り抜けた糸原健斗の逆回転からの併殺(6回表)、同じく無死一塁で三遊間寄りのゴロをさばいた木浪聖也の好守(9回表)が光る。ピンチの芽を未然に摘んだのである。

 監督・矢野燿大の采配も光った。決勝点を呼んだヒットエンドラン(5回裏)的中や2番手・馬場皐輔起用も当たった。

 全員で最下位を抜け出した夜である。長く降り続いていた雨も試合前には上がり、試合中は心地よい白南風(しらはえ)の浜風が吹いていた。いつの間にか、借金は3まで減り、ふと見上げれば、首位に3・5ゲーム差である。=敬称略=(編集委員)

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2020年7月15日のニュース