ロッテ・朗希 寄せ書きユニと“大船渡魂”入寮 旅立ちの朝にサプライズ「最高の仲間」に恩返しを

[ 2020年1月9日 05:30 ]

仲間からのメッセージが書かれた母校のユニホームを手にする佐々木朗希(撮影・長久保 豊)
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 最速163キロを誇るロッテのドラフト1位・佐々木朗希投手(18=大船渡)が8日、さいたま市内のマリーンズ寮に入寮した。故郷・岩手を出発する際は甲子園をともに目指した同期生がメッセージ入りのユニホームをサプライズでプレゼント。仲間たちの思いを受け取った「令和の怪物」は、テレビカメラ7台を含む報道陣約70人の前で「野球漬け」となることを宣言した。

 たった一つの動作に、18歳の佐々木朗の本質が見える。「令和の怪物」と呼ばれるが、学生服にリュックを背負った姿は普通の高校生。寮の扉を開けると、真っ先に一礼した。決意と感謝――、朗希流の儀式だった。

 「寮生活は初めてで不安な気持ちと野球を思う存分できる楽しみな気持ち。どういった一年になるかは分からないけど、いろいろなことに慣れて、経験を積んで充実した一年を過ごせればいいです」

 この日は朝6時半に岩手の自宅で起床。玄関を出るとサプライズが待っていた。集まっていたのはともに白球を追いかけた「最高の仲間」。同期22人のメッセージ入りユニホームを贈られた。最後の夏に着たユニホームを本人に内緒で仲間へ預けるなど母・陽子さんのアシストもあった。

 高校生史上最速の163キロを誇るが、昨夏は岩手大会決勝まで進みながら疲労蓄積でマウンドに上がることなく敗退。甲子園出場はならなかった。それでも地元の仲間たちと目標へ向かって努力した日々は色あせない。「充実した素晴らしい3年間だった」と言う。汗と涙、そして仲間の思いが詰まったユニホーム。一丸で強敵に立ち向かう「大船渡魂」を胸に刻み、故郷に別れを告げた怪物は「小中高とたくさんのチームメートと野球をやってきて、ここまでこられた。その思いを忘れず、これからも頑張りたい」と決意を新たにした。

 午前8時に自宅を出発し、新幹線などを利用して寮に到着したのは午後2時17分。6時間以上の長旅となったが「今まで当たり前だった景色がもう見られなくなってしまう。家を出ることの寂しさもあって今日はここまで来るのが少し早かった」と笑顔で語った。

 2冊の本も持参した。井口監督の著書「変わろう。」に加え、もう一つは「筋肉のしくみ・はたらきパーフェクト事典」だった。父を失った11年3月11日の東日本大震災以降、多くの人に支えられてきた。野球で恩を返したい。体の構造を熟知し、活躍につなげる。

 11日からは新人合同自主トレが始まる。故郷の思いを背負い、「野球漬け」になる。朗希なら、日本一の投手になれるはずだ。(横市 勇)

 《秋田出身・成田の隣部屋》佐々木朗の部屋は「201号」。隣の成田が同じ東北の秋田県出身ということも決め手となった。昨季までトレーナーを務めた田村次夫寮長は「成田は(寮の)投手キャプテン。いろいろ指導してもらえる。食事はチェックするつもり。特に朝飯はしっかり食べてもらう」と他の新人同様に特別扱いしない方針だ。また、この日は寮の前に30人以上のファンが集まり、警察が出動する場面も。母、兄、弟と一緒だった大宮駅でも10人以上のファンに囲まれるなど、早くも「朗希フィーバー」は始まっている。

 《過去の主な高卒大物新人の入寮》
 ☆99年松坂大輔(西武) 1月9日に報道陣75人が見守る中、両親や祖母ら親族、知人総勢11人と共に若獅子寮に到着。東尾監督ら首脳陣から異例の出迎えを受けた。
 ☆07年田中将大(楽天) 1月7日に伊丹空港から空路移動。仙台空港で球団関係者の出迎えを受け、犬鷲寮に向かった。「朝起きた時から不安だった」と素直な気持ちを吐露。
 ☆13年大谷翔平(日本ハム) 1月9日に勇翔寮に到着。2日前に散髪を済ませ、父・徹さんの運転する車で岩手を出発。前夜は栃木・那須町に1泊。2日がかりで約6時間のドライブとなった。
 ☆18年清宮幸太郎(日本ハム) 1月8日に母・幸世さんの運転で、予定より20分早く勇翔寮に到着。ファン200人が集結し、混乱を避けるため入り口には立ち入り禁止エリアが設置された。

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