被災から3年…歳内、魂の無失点投球「頑張らないと」

[ 2014年3月12日 07:05 ]

<神・D>和田監督(左)とタッチをかわす歳内

オープン戦 阪神3―2DeNA

(3月11日 甲子園)
 運命だろう。東日本大震災から3年となった11日、福島・聖光学院2年時に被災した阪神・歳内宏明投手(20)が7回に登板した。1イニングを1安打無失点。「(3年は)早かった」。依然苦しい生活が続く被災者へ、少しでも力を与えたい。使命を胸に刻み、魂を込めて全力で腕を振った。

 「テレビで見ていても、まだ復興が進んでいない場所がある。そういうのを見ると(震災を)思い出しますね」

 1軍に合流したのは前日10日だった。本来ならその日に投げるかもしれなかった事実を明かし「それがきょう(11日)になった。何かあるんですかね」。チーム事情に導かれた11日登板。ただ、歳内が運命と使命を感じないわけがなかった。先頭・筒香をフルカウントから直球で詰まらせ中飛。白崎には中前打を許すも、松本は三ゴロ併殺打。数にして10球。だが、苦境にあえいだ2月を考えると、持つ意義は大きかった。

 「直球もいい感じで投げられている。先頭打者を詰まらせたのが大きかったですね」

 3年目にして初の沖縄キャンプに抜てきされるも、新フォームがなじんでいないこともあり実戦2試合で計3イニング10失点。それでも下は向かなかった。打ち上げ後は鳴尾浜で地道にフォーム固め。教育リーグではようやく本来の力を発揮し、2試合計6イニングで1失点。現状確認のために招集されたこの日の1軍の舞台で、きっちりと結果を残してみせた。

 「頑張らないといけないですね」

 3年前の3月11日は、グラウンドでの練習中だった。「正直、死んだと思った」。グラウンドは地割れを起こし、脇に止まっていた車は宙を舞っていた。水、電気も止まり、部室ではロウソク1本で過ごしたこともある。何もかもが常軌を逸する中でも、野球を続け、聖地で勝つことが一番の恩返しだと信じた。同年夏の甲子園では金沢・釜田(楽天)との壮絶な投げ合いを披露。選んだ道は間違っていなかった。

 1歳半のときには地元・尼崎市で阪神大震災も経験している。数奇な星の下に生まれた背番号26。必ずその右腕で勇気と感動を与えられる選手になる。

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2014年3月12日のニュース