ジョージア魂賞に前田智 魂こもった打撃技術を置き土産に

[ 2012年7月31日 10:00 ]

ジョージア魂賞を受賞した前田智徳

 勝利に最も貢献したプレーをした選手を表彰する「ジョージア魂賞」の今シーズン第7回(7月上期)受賞者は広島の前田智に決まった。スポーツライターの二宮清純氏が書く、無類の勝負強さを誇る孤高の41歳とは。

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 カープの本拠地マツダスタジアムで、名前がコールされた瞬間、最も大きな声援を受けるのは売り出し中の堂林翔太でもなければ、6月から4番に座る地元出身の岩本貴裕でもない。41歳の代打男・前田智徳である。

 この前田、今季は驚異的な勝負強さを発揮している。7月30日現在、打率4割ちょうど、16打点。試合後半、勝負どころで前田が登場すると地響きのような音がスタジアムを包む。

 この日もそうだった。7月1日、本拠地での横浜DeNA戦。1対1の同点で迎えた7回裏1死一、二塁の場面で代打を告げられた前田は万雷の拍手のなか、いつものようにゆっくり打席に入った。

 3球ファウルしてカウント2-2からの6球目だった。菊地和正のストレートを詰まりながらもセンター前へ。二塁走者の岩本が還り、これが決勝点となった。まさしく執念のタイムリーだった。

 1990年代、日本球界には3人の天才左打者がいた。イチロー(ヤンキース)、松井秀喜(前レイズ)、そして前田である。ヒットを打つ技術に関しては、イチローが一番だった。飛距離では松井が抜きん出ていた。しかし、こと勝負強さとなると誰も前田にはかなわなかった。

 前田にとって、18・44メートルを挟んでの勝負は果たし合いそのものだった。斬るか斬られるか――。ピッチャーのウイニングショットを辛抱強く待ち、それを狙い打った。

 そのたたずまいは、サムライのそれだった。余計なことはしゃべらない。みだりに笑顔を見せない。ファンやメディアにこびない。しかし、ひとたびバットを握れば、誰もが固唾(かたず)を飲む。剣豪小説から、そのまま飛び出てきたかのような古風な男は、常に孤高の風をはらんでいた。

 かつては“寄らば斬るぞ”とでも言いたげに、周囲に緊張を強いた男が、最近はどうした風の吹き回しか、率先して後輩たちに話しかけ、必要に応じて指導も行う。前田は丸くなったのか…。

 いくら天才と呼ばれた男でも、いつかはバットを置く時がやってくる。前田は自らのラストミッションとして、23年にわたって研さんを積み、磨き上げた魂のこもった打撃技術を、愛するチームへの置き土産にしようと考えているのではないか。美しい西日が広島の空を焼いている。

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2012年7月31日のニュース