金藤理絵 緑に染まる「藻のプール」を必死に前進 鍛えられたスタミナと根性 

[ 2016年7月13日 08:30 ]

金藤が小学校3年から10年間通った三次・十日市水泳プール。水質維持の薬品が切れる9月以降から藻が浮かび始める

 16歳の池江璃花子を筆頭に高校生が話題を呼んでいる競泳だが、女子代表で最もメダルに近いのは200メートル平泳ぎの金藤理絵(27=Jaked)だ。広島県の北東部に 位置する庄原市で生まれ、高校卒業まで厳しい環境で育ったスイマーの原点を探った。そこには都会では想像できないほど衝撃のプールがあった。

 広島県の玄関口である広島空港に降り立ち車で北東へ。トンネルを抜けて、山を越え、1時間も走ると自然広がる三次市に着く。金藤の実家はさらに車を20分飛ばした庄原市内にあり、小3で水泳を始めてから小6までは両親が運転する自家用車、中学からはバスに乗って夏季限定で約4カ月開放される三次・十日市水泳プールに通った。そこが金メダル候補に成長した27歳の原点だ。

 目にしたプールはおよそトップスイマーを生んだとは思えぬ代物だった。市内を流れる馬洗(ばせん)川の土手から約50メートルの場所にある築50年の年季もので、古い金網に囲まれているが屋根などない。汗も涙も吸ったプールサイドは黒ずみ、夏になると隣接する墓地から線香の煙がくゆる。周辺に高層ビルも建っておらず、遠くへ突き抜けた空間は50メートルの長水路プールが短く見えるような錯覚を起こす。親子2代にわたってプールを守る藤田和恵コーチ(51)は「短く見えるけど、泳ぐと本当に長いんですよ」とにやりと笑った。

 盆地のため、夏は日陰でも35度近い気温になることもある。強い日差しが降り注ぎ「炎天下はここは半端ないんですよ」と話す藤田さんだが、「暑いし、雨が降れば寒い。でも文句を言わさず、やらせる」と子供を一切、甘やかさない。中断は本物の雷が落ちた時だけだ。「だから暑さには強いんじゃないですかね」。想像を絶する環境が金藤を育て上げた。

 夏の水温は28度まで上がるが、5月中旬のプール開き直後は19度ほど。寒くてもぶるぶる震えながら泳いでいた。藤田さんの弟で井清(いせい)俊文コーチ(44)は「今だったら多分泳がしちゃいけん温度です」と苦笑いするが、今度は9月になれば水質を維持するための薬品が切れて水面に藻が浮かぶ。緑色に変化していく水を見て、井清さんは「クロレラや」と冗談を口にしながら泳がせた。金藤も1メートル先が濁って見えない「藻のプール」を必死の形相で前進したという。中学まで一緒に泳いだ前門麻美さん(27)は「カナブンも普通に浮いているし、水も飲みましたよ。青汁の方がまだ飲みやすい」と懐かしがり、井清さんも「免疫力は高まったと思う」と笑い飛ばした。

 強くなった秘けつ。それはコースロープにもある。ロープには波を消す作用があるが、当時使用されていたものは発泡スチロール製。波が立つと一緒になって揺れる。だから、しばらく収まらない。もちろん、波一つないプールの方がスピードも乗る。高2の7月、このプールで県大会が開催された時には、“温室育ち”の選手が「こんなボロプールだから記録が出んのよ」と漏らした。その言葉を耳にした金藤は、育った環境をバカにされて「カチンときた」。約1カ月後、県大会上位者が出場した山口県での中国6県の大会会場は「同じぐらい古いプール」(父・宏明さん)。悪態をついた選手を抑えて頂点に立った。

 虎の穴で泳ぎ続けて約10年。気がつけば驚くほどのスタミナと根性がついていた。高3の冬、進学が決まっていた東海大のグアム合宿に参加。誰もが背を向けるほどの鬼メニューを乗り切った。気温30度を超す中、ほぼ全力に近い速度で、しかも途中わずか数秒の休憩で、3000メートルを平泳ぎでひたすら往復。当時2年生で平泳ぎで日本トップクラスだった田村菜々香さん(29)でさえ途中離脱した。田村さんは「持久力は誰よりもある」と金藤に衝撃を受け、東海大の加藤健志コーチは「2分19秒台を出せる」と太鼓判を押した。それから約10年後の今年4月。腰の故障などもあって遠回りしたが、ついに史上5人目の2分19秒台をマーク。世界ランキング1位の座でリオに乗り込む。

 舗装された道でなく、デコボコ道を歩いてきた娘を父は「野性児」と言う。集大成と位置付けるリオに向けて6月末に渡米。その1カ月前には長野の標高1300メートルの準高地で合宿に臨んだが、そこも4レーンだけの小さな室内プールだった。大学に戻れば全てが整うが、あえて厳しさを求めた。「全部が全部そろってない方がいいのかなって。五輪に行っても全部がそろっているわけでもない」。リオはこれから冬になり、レース決勝は午後10時以降の開始。悪条件を味方に変えてきた金藤にとって、最後の夢舞台は一番落ち着ける場所かもしれない。

 ◆金藤 理絵(かねとう・りえ)1988年(昭63)9月8日、広島県庄原市生まれの27歳。5歳上の兄・康宏さん、3歳上の姉・由紀さんの影響で小3から水泳を始める。三次高―東海大卒。08年北京五輪200メートル平泳ぎ7位、世界選手権での同種目は09、11年5位、13年4位、15年6位。16年日本選手権で2分19秒65の日本記録を樹立。家族はきょうだいと父・宏明さん(61)、母・富士子さん(58)の5人。1メートル75、64キロ。

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