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ハルク・ホーガンさん死去 WWE追悼「深く悲しんでいます。心からの哀悼の意を表します」

[ 2025年7月25日 02:29 ]

NWO時代のハルク・ホーガンさん(右)。仲間にはランディ・サベージさん(中央)、NBAブルズで3連覇に貢献したデニス・ロッドマン(左)。(ロイター)

 アントニオ猪木さんと数々の名勝負を繰り広げるなど米国の大人気プロレスラーだったハルク・ホーガンさんが死去したことが、24日(日本時間25日)にわかった。米の複数メディアが報じた。

 米芸能専門サイトTMZによると、24日早朝、フロリダ州クリアウォーターにあるホーガンさんの自宅に救急隊が派遣された。オペレーターは「心停止」に関するものだと伝えた。ホーガンさんの家の外には多数のパトカーと救急車が停まっており、ホーガンさんは担架で救急車に運ばれた。

 警察によれば、当局は午前9時51分に通報に応じ、ホーガンさんはクリアウォーター消防救助隊の隊員による治療を受けた後、近くの病院に搬送されたという。しかし病院で死亡が確認された。

 ホーガンさんの訃報は、一気に世界に広まった。WWEも公式X(旧ツイッター)で「WWEは、WWE殿堂入りしたハルク・ホーガンが亡くなったことを知り、深く悲しんでいます。ポップカルチャーで最も認知度の高い人物の一人であるホーガンは、1980年代にWWEが世界的な認知を得るのに貢献しました。WWEは、ホーガンの家族、友人、ファンに心からの哀悼の意を表します」と追悼した。

 ホーガンさんは1953年南部ジョージア州生まれ。79年にリングに登場し、80年代に日本を主戦場に戦っていた。83年に開催された「IWGP決勝リーグ戦」には米国代表として参加。決勝戦で猪木さんをアックスボンバーでKOして優勝を果たした。

 81年から始めた右手人差し指を高々と上げ「イチバァーン!」と叫ぶ決めポーズも話題になり、リングコスチュームも黒のショートパンツに白字で「一番」と書いたものにする。「一番」と書かれたタンクトップやTシャツ、ハッピも発売された。以降 "ICHIBAN"はNo.1を意味する語としてアメリカでも有名な日本語の1つとなった。

 ホーガンさんはプロレスを家族向けのエンターテイメントスポーツへと変貌させた。リング上での芝居がかったパフォーマンスは、子供たちとその親たちを魅了し、プロレスというスポーツに活気を与えた。05年にWWE殿堂入り。そして20年にはNWOのメンバーとして2度目のWWE殿堂入りを果たした。

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