K―ness. 18年ごろから体が動かなくなり引退決断…ファンの声に「涙止まらなかった」
K―ness. FINAL ROAD(上)
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4月7日、DRAGONGATE後楽園ホール大会で現役を引退するK―ness.(47)がスポニチアネックスのインタビューに応じた。引退が間近に迫った現在の心境を語り、そして今までのレスラーキャリアを振り返った。2回にわたり連載する。
――引退まで残りわずかとなりましたが、現在はどんな心境ですか?
「最後の1試合だけですし、試合をしてるわけではないので、日にちは近づいてますけど全く実感はないですね(笑い)。巡業も2年ぶりに帯同していて凄く楽しい毎日です」
――引退はいつごろから考えていたんですか?
「リングの上からファンの皆さんにも言いましたけど、プロレスラーを目指した時点で絶対に引退をしたいというのがセットだったので、レスラーとして最後の夢でもありました。実際に引退を考えたのは2018年ごろでしたね。だんだん体が動かなくなっていることを感じて、もうゴールは近いかなと思いました。そして2021年にデビュー25周年を迎えて本来であれば25周年記念興行の日に引退したかったんです」
――そうだったんですね。引退を延期した理由は何だったんですか?
「コロナですね。吉野の引退が1年延びて、自分の引退も1年延びたって感じですね。2019年の初めから治療に専念させてもらって、万全なコンディションを整えて引退ロードで試合をするというのが理想でした。コロナの影響で治療もほとんど行けなかったので、どんどん体の状態が悪化していって現在では試合が出来ない状況になったので、1試合だけ戦って引退という形になりました」
――引退ロードという形で試合がしたい気持ちがあったんですね。
「はい。あと後楽園ホールの全面開放のいいきっかけになればいいなと思ってました。引退する時は地元でプロレスの聖地でもある東京・後楽園ホールって決めてました」
――ビッグマッチでの引退は考えになかったんですか?
「特に理由はないですけどビッグマッチというのは考えたことなかったです。東京のビッグマッチというよりもすぐに頭に浮かんだのは後楽園ホールでした。プロレスといえば後楽園ホールですし、ファンのころは何回も階段を上って見に来てた会場ですからね」
――4月の後楽園大会で引退試合をしますが、K―ness.選手の最初で最後のドリームゲート挑戦となったのが13年4月の後楽園大会でしたね。
「そうですね。でも今回4月に引退するのはその時のことは関係なくて、全くの偶然で考えてもなかったです(笑い)」
――盟友でもある吉野正人選手がケガをきっかけに昨年8月に引退されました。近くで見ていて、どんなことを感じましたか?
「盟友でもあり後輩でもあったので、何かいろいろと考えることはありましたね。『なんで?俺の方が先だろ。まだできるんじゃねぇのか?』みたいな(苦笑)。でもしんどい思いをしてリングに上がってたのもケガしてる人間なのでわかります。だからとりあえず吉野を見送ってみたいな感じでしたね」
――自身の引退について周りの選手たちに伝えた時はどんな反応がありましたか?
「ビックリはしてなかったですね。ずっと無理してやってるのはみんな知っていたので、ついに限界が来たんだなっていう感じでした。若い子たちの中には驚いた子もいましたね。同じ世代の堀口にもずっと相談してたのもありましたからね」
――堀口元気選手に相談されていたんですね。
「そうですね。会社にも相談していたので、大げさに騒ぐようなことにはならなかったです」
――引退を発表してファンの人の反応を見てどう思いましたか?
「うれしかったですね。ファンの皆さんからツイッターで『お疲れ様でした』とか『悲しいです』などのコメントを見て正直、家で涙が止まらなかったです。ファンの皆さんの思いを直接聞くこともなかったので、俺ってこんなにファンの人たちに愛されてたんだと思い、単純にうれしかったですね」
――改めてファンのありがたみを知れた瞬間だったんですね。
「ありがたみを感じましたね。昔を振り返ってコメントをくださるファンの方もいたので『そんなこともあったな~』と思い出を引き出してもらったり、自分たちよりもファンの人の方が自分のことをよく知ってますよね(笑い)。本当にありがたいと思います」
――引退を発表されてから全国のファンにあいさつする中で何か感じることなどはありましたか?
「体育館の雰囲気や控室の雰囲気など懐かしいというのが一番でしたね。昔を思い出しましたね。地方でしか会えないファンの方もいるのでそういう方たちも声をかけてくれて懐かしいと思います。ずっと応援してくれるファンもいるのでそういう方に会えたのもうれしかったですね」(続く)
《4月7日に引退試合》「Final Burst Out!K―ness. Forever」という大会名が付けられた4月7日の後楽園大会で引退するK―ness.。引退試合は本人の希望で団体を代表するタッグチーム“クネスカ“のパートナーである横須賀ススムが隣に立って、相棒K―ness.の最後に花を添える。対角に立つには永遠のライバルであるドラゴン・キッドとK―ness.が弟分と呼ぶKzyとタッグマッチで対戦する。
◇K―ness.(くねす)1974年(昭49)4月16日生まれ、本名は齋藤誠。東京都出身の47歳。1995年にみちのくプロレスに入門。1996年にプロレスラーデビュー。同年にレッスル夢ファクトリーに移籍してMAKOTOというリングネームで1999年まで在籍。その後、フリーで闘龍門JAPANに参戦。2000年には謎のマスクマン、ダークネス・ドラゴンとしてドラゴン・キッドと2年間抗争した末に2002年のマスカラ・コントラ・マスカラ戦で敗れてマスクを脱いで素顔を公開した。その後はマスクも一新してリングネームもK―ness.として登場。2003年には吉野正人(当時YOSSINO)とともに団体の中軽量級ベルトのオープン・ザ・ブレイブゲート王座を創設。2010年1月にオープン・ザ・ブレイブゲートを初戴冠。タッグでは団体を代表する横須賀ススムとのタッグチーム“クネスカ“で2010年5月にオープン・ザ・ツインゲート統一タッグ(現オープン・ザ・ツインゲート)を初戴冠。2015年には団体のタッグリーグ「Summer Adventure Tag League」で優勝。そして2021年の12月末に引退発表。今年4月7日に現役を引退する。



















