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AサイドとBサイド――WBO世界スーパーウエルター級王座決定戦

[ 2017年9月7日 10:00 ]

コット(右)の右フックが亀海をとらえる
Photo By スポニチ

 【中出健太郎の血まみれ生活】 すり鉢状に客席が設けられたテニスコートは、日が陰ると急激に気温が下がっていった。「日本ボクシング史上最大の戦い」と表現された亀海喜寛の世界初挑戦の舞台、米カリフォルニア州カーソンのスタブハブ・センター。夕方にはコート中央に設けられたリングに冷たい風が吹き込み、亀海の入場時にはパーカーが必要なほどになった。

 そんな空気は、ミゲル・コットが入場してきた時に一変した。入場曲が何もかかっていないのに拍手と大歓声、「コット!コット!」の声援で場内が沸き立つ。プエルトリコ出身でニューヨーカーの元4階級制覇王者は米東海岸では人気だが、メキシコ系住民の多いカリフォルニアではヒールじゃなかったのか? 西海岸でコツコツと実績を積み上げてきた亀海に“ホーム”のアドバンテージがあるかもという淡い期待は、この時点で消えた。リングに上がってくるのは、日本人ボクサーの対戦相手として史上最高レベルのスターなのだと痛感させられた。

 前日計量では亀海よりかなり小柄に見えたコットはこの夜、体が大きくなった印象で、ミドル級で戦っていたのも納得できた。試合が始まると、距離を詰めてくる亀海をプッシング気味に突き放したり、巧みに腕を抑え込むなど、フィジカル面で優位に立ちたかった挑戦者の思惑をつぶした。バランスを崩すことのない洗練されたフットワークで、亀海のパンチが当たるポジションにとどまらず、距離が変わった瞬間にコンビネーションを先に叩き込む姿には、全盛期を過ぎて熟し切った美しささえ感じた。スタミナも最後まで衰えず、手元の採点はジャッジの1人と同様、コットのフルマーク勝利だった。

 亀海の積極果敢な姿勢と、コットが「5、6回でKOを諦めた」と明かした驚異的なタフネスぶりは、生中継した米HBOテレビの幹部も評価したという。だが、「ミスマッチ」と断じた米メディアもあったように、亀海への好評価はあくまで「Bサイド=脇役」としてのもの。試合は「Aサイド」であるコットの、12月予定の引退試合へ向けたチューンアップという“枠”から外れることはなかった。もし勝っていたとしても、関係者の認識は「コットが負けた」であり、亀海が「Aサイド」へ移るにはまだまだ時間を必要としたはず。現実は厳しいが、だからこそ、億単位のファイトマネーを稼ぐスーパースターたちの決闘場に日本人が足を踏み入れたことには誇りを覚えた。

 日本時間10日には同じ会場で、WBO世界スーパーフライ級王者の井上尚弥が米デビューを果たす。興行の主役はWBC同級王座奪回を狙う元パウンド・フォー・パウンド(PFP)1位のローマン・ゴンサレスで、3月に破ったゴンサレスとの再戦に臨む王者シーサケット・ソールンビサイはいまだ「Bサイド」だ。先方から出場を望まれたとはいえ、米国で実力を披露していない井上尚も今回はまだ「Bサイド」だろう。その評価を覆し、「Aサイド」のリストに名前を連ねられるかどうか。井上尚自身が「ファンの心をつかめるか、もう呼ばれないか、今回の試合が鍵」と話すように、デビュー戦は意外と重要な一戦になりそうだ。 (専門委員)

 ◆中出 健太郎(なかで・けんたろう) 2月に50代へ突入。スポニチ入社後はラグビー、サッカー、ボクシング、陸上などを担当。今回は試合後のリング上で、コットに称えられて涙を流す亀海に驚いた。控室でどんな感情だったのか質問すると、「泣いたというか…そりゃあグッときますよ。応援の方々は僕が負ける姿ではなく、コットに勝つ姿を見ようと来てくれたのに結果を出せなくて」と答えた姿に彼のプライドを感じた。

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2017年9月7日のニュース